研究紀要プロジェクト2010

本文(version 0.7)(5086文字)

4. 小学校の情報教育の概要

 小学校での情報教育の特徴は、『クロスカリキュラム』だ。中学校の技術家庭科、高校の共通教科情報のような情報教育を主に扱う教科が独立して設置されていない。小学校では、既存の教科の中に情報教育活動をいたるところに配置し、児童の情報活用能力を育成するというアプローチを取っている。平成20年8月に改訂された新学習指導要領の中には、小・中・高12年間の情報教育の基礎部分を小学校で身に付けることができるよう、児童の発達段階や教科の特徴を考慮し、全体に分散させ埋め込んでいる。

 内容の特徴として、小学校では特に『情報活用の実践力』の育成と『情報社会に参画する態度』の育成の分野の内容が厚いことが挙げられる。各教科では、中学年から高学年を中心に、その科目の目標と共に、上記2つの情報活用能力を主に育成する活動を授業で行うことになっている。また、逆に『情報の科学的理解』に関する内容は極端に少ない。

 新学習指導要領では、小学校での情報教育の位置づけも大きく変化している。過去、小学校においてのICT活用は児童の発達段階を考え、情報教育は各教科の目標を達成するための『手段』として位置づけられており、あまり深入りしない方針が取られていた。従前の小学校学習指導要領では、情報教育の指導は、各小学校の裁量に任されてきたし、実際、ICTの活用教育は中学校の技術家庭科の技術分野で始められた。

 しかし現在では、教科の各単元のねらいとともに、並列して、育てたい情報活用能力が明記されている。これまでとは異なり、情報教育をクロスカリキュラムという形であらゆる教科で積極的に行うことを明記している。

 これは、韓国、シンガポール、インド、フィンランド、アメリカなど初等教育よりICT教育を積極的に取り入れている国々と同様かそれを超える理念のもと、小学校教育から我が国を変えていこうとする大きな流れだと言える。


5. 小学校卒業時までに身に付けるべき情報活用能力の内容と学習活動例


 改正された小学校学習指導要領、「第1章総則 第4 指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」において、

「各教科等の指導に当たっては,(a)児童がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段に慣れ親しみ,(b)コンピュータで文字を入力するなどの基本的な操作や(c)情報モラルを身に付け,(d)適切に活用できるようにするための学習活動を充実する」(注1)~


 と書かれている。頭尾の「各教科等の指導に当たっては」と「〜ための学習活動を充実する」という部分は前述したクロスカリキュラムでの展開を表す。中盤のコンピュータリテラシーに関する(a)〜(d)の記述について、解説は具体的な情報活用能力の習得段階にも言及しており、「(コンピュータやネットワークに)慣れ親しむ」だけでなく、「(操作方法やモラルを)身に付け」、「適切に活用できる」レベルの習得を表している。

 以下で、(a)〜(d)の内容を順に見ていく。まず、「(a)児童がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段に慣れ親しみ」の部分は、低学年においての情報機器操作の初歩段階を表す。児童には、第1学年次より情報機器に慣れ親しませたい。具体的には、コンピュータの立ち上げやシャットダウンの方法を教え、子供向けポータルサイトから興味ある情報が掲載されているホームページを閲覧させる過程で、マウスの使用に慣れさせる。また、生活科の夏休みの宿題の朝顔やプチトマトの観察を、子供用小型ゲーム機に付いているカメラで記録させるなどの方法で情報機器を積極的に活用できるような場面を設定したい。

 「(b)コンピュータで文字を入力するなどの基本的な操作」の部分は、総則では、「(b-1)キーボードなどによる文字入力」、「(b-2)電子ファイルの保存・整理」、「(b-3)インターネットの閲覧」、「(b-4)電子メールの送受信」の4つの技能が、具体的に解説されている。

 それぞれの具体的な学習活動例を挙げる。まず、「(b-1)キーボードなどによる文字入力」を身につける学習活動は、国語の授業で育てたい。ローマ字学習は第4学年で学習してきた内容であったが、現在の情報化された家庭環境、TVなどの影響で小学校入学前の幼児たちがアルファベットが読める現状などもあり第3学年で学習する内容となった。コンピュータで調べ学習するためにキーワードを入力することが必要となり、文字変換の必要性が発生し、児童はモチベーションを持って学習を進めていくことができる。楽しみながらローマ字を習得するためには、Web上の児童向けキーボード練習サイトなどを活用するとよい。

 次に、「(b-2)電子ファイルの保存・整理」方法を身につける学習活動であるが、総合的な学習の時間の流れの中に組み込みたい。例えば、地域の川について、調べ学習を行う。川に住む、様々な水中生物の写真を撮り、学校のファイルサーバに保存する。その時、川のどの部分で、どの時期に撮影したかなどの区分を意識し、フォルダを用いて情報を整理させる。また、デジタルカメラで撮影した映像自体に適切な名前をつけたり、フォルダに適切なフォルダ名を設定するということを児童に考えさせながら指導したい。また、フォルダ作成時はツリー構造を理解させ、分類する方法の一助としたい。

 3つめの「(b-3)インターネットの閲覧」方法を身につける学習活動であるが、解説に具体的な例が紹介されている。それは、社会・第6学年の内容「ア 我が国の歴史上の主な事象」の部分だ。「体験的な活動が困難な場合が多いので、図書館やインターネットで歴史上の人物について情報を収集する。」といった提案がなされてる。

 最後に、「(b-4)電子メールの送受信」方法を身につける学習活動であるが、これも、必要性を作って活動を行わせたい。社会・第5学年の内容「イ 我が国の農業や水産業(食料生産)の様子と国民生活との関連」において、食料生産の盛んな地域について調査する際,生産地の方にメールでインタビューを行ったり、お礼のメールを適切な文言を用いて作る活動などを設定したい。

 上記のような、コンピュータの「基本的な操作」は中学校では取り上げられず、小学校卒業時までに確実に身に付けておかねばならないものだ。(注2) 今まで、学校の裁量で暗黙的に取り扱われてきた、普通教科『情報A』のレベルの手前の基礎的な内容を小学校で身に付けるということが明記されている。

 また、「(c)情報モラルを身に付け」るためには、道徳の授業を積極的に利用したい。『情報モラルの必要性』や『情報に対する責任』に軸を置き、個人情報、肖像権、著作権、受け手の気持ちを考えたコミュニケーションなどの指導がポイントとなる。具体的な活動は、携帯電話の使い方を取り上げるのが良い。携帯電話の多くの機能に着目させ、カメラ機能が付属していることから発生し得る問題点をグループで考え、発表の機会を設定すれば、他の機能の様々な問題点も浮き彫りになり、多くのことを児童自ら考えるようになる。また、子供たちの中に広がる『メールの返事は5分以内に出すルール』などは、適切な情報手段の活用法ではないことを全体に教え込むことも大切である。

 情報手段を「(d)適切に活用できる」能力育成の場面も、社会科・第3学年の内容「ウ 地域の人々の健康な生活や良好な生活環境を守るための諸活動」において、「飲料水、電気、ガスなどを供給する仕事に携わる人々からTV会議システムで話を聞いたり、施設を見学し調べ、節水や節電など資源の有効な利用の必要性を話し合い、ポスターにまとめ、プレゼンテーションを行う。」などの活動を想定できる。児童は、文章の編集、図表の作成、様々な方法で文字や画像などの情報を収集すること、またそれらを調べたり、比較するという学習活動、情報手段を使っての(遠隔地との)交流、調べ物をまとめたり発表したりする学習活動の中で、情報手段を適切に活用できる能力を身に付けることができる。

 以上、小学校での情報教育の学習活動例を見てきたが、非常に少ないのが『情報の科学的な理解』の分野である。小学校ではメディアリテラシー分野のみ明確に内容が存在し、『信憑性』を確かめる活動や、『メディアの特性』や『情報伝達過程』を理解する活動を想定できる程度である。例としては、社会科の授業の定番ではあるが、『チラシ』など身近なものをネタとして提示し、役割や働きに着目させ、初歩的なメディアリテラシーを児童に身に付けさせたい。また、「情報通信ネットワークにおける基本的な情報利用の仕組みの理解」に関する「コンピュータが扱うデータには大きさがあり,ファイルサイズや転送速度に影響することを理解する」活動は、小学校の範囲では扱われなくなっており、中学校の技術・家庭科で取り上げられる。


6. 小学校での情報教育を4観点から考える


 『総合的な学習の時間』は、新しい4観点で評価される『力』すべてをカバーし、『「(1)知識」を理解し、「(2)技能」を身に付け、これらをもとに「(3)思考・判断・表現」し、「(4)関心や意欲を持った態度」を養う』という理想的な学習プロセスで、授業を構成することができる教科である。しかし、小学校での情報教育の多くは、クロスカリキュラム的に各教科のねらいと共に存在し、「(2)技能」と「(3)思考・判断・表現」を断片的に、取り扱うことが多い。これは、今回行った学習指導要領を読み解き、キーワード検索をかけ、学習活動を想定し、観点別にまとめた評価規準表から読み取ることができた。

 まず低学年では、『情報に慣れ親しむ』ことが中心となり、『情報活用能力を育成』する活動は少ない。これは、ローマ字やキーボードの使い方をこの段階では習得していないことが大きな要因としてある。

 次に中学年の傾向であるが、最初の部分の「(1)知識・理解」と、最後の部分の「(4)関心・意欲・態度」が非常に少ない。逆に言うと、『「(2)技能」スタート、「(3)思考・判断・表現」エンド型』の特徴が見えてくる。実はこの傾向は小学校の情報教育全般で言える。これは『情報の科学的な理解』の分野の内容が、小学校では極端に少ないことが影響している。

 最後に高学年になると、「(1)知識・理解」から始まり、「(4)関心・意欲・態度」までカバーする単元が増えてくる。具体的な例では、社会科・第5学年次に「我が国の情報産業や情報化した社会の様子」という単元が設けられている。「情報化の進展は、自分たちの生活にどのような影響を及ぼしているか話し合い、様々な情報に対して、どのようなことに注意して生活すべきかをそれぞれのメディア毎にまとめてみる。」、「新聞社やテレビ局を取材し、情報を発信する側の責任や、影響の大きさ、情報を受け取る側の心構えを考え、学級新聞にまとめる。」などの学習活動を通して、「情報や情報技術が果たしている役割や影響」を理解させ、関心を持たせるなどの活動があるからである。

 少々意外に感じたのが、図画工作と体育が「(1)知識・理解」と「(4)関心・意欲・態度」をカバーしていることである。これは、図画工作において『著作権』を、体育において『コンピュータやインターネットの長時間の使用が、生活のリズムを崩し、健康に影響を与えること』を取り上げているからである。


7. 課題とまとめ


 小学校での課題は、上記で説明したように情報教育分野で『学習プロセスの欠け』が多く存在する点である。中学校への接続を考えると、この『「(2)技能」スタート、「(3)思考・判断・表現」エンド型』という『情報の科学的理解』なしの情報教育は少々寂しい。

 発達段階や、教科に埋め込まれるクロスカリキュラムでの展開など、小学校教育の条件を考慮すると、情報教育の展開が不完全になってしまうのは仕方がないのかもしれない。しかし、小学生向けの易しい言葉で『科学的な理解』の説明を手短に加えることで、不完全でも学習プロセスの補完になり、児童のなかに情報活用能力の種を蒔くことができるのではないかと考える。


《注記》
注1:以下略。また(a)〜(d)の記号は便宜上執筆者が挿入。
注2:アプリケーションのより高度な操作の習得の場面は中学校でもある。

《参考資料》


資料

研究紀要2010(小学校)資料1
研究紀要2010(小学校)資料2
研究紀要2010(小学校)資料3
研究紀要2010(小学校)資料4
研究紀要2010(小学校)資料5
研究紀要2010(小学校)資料6
研究紀要2010(小学校)資料7
研究紀要2010(小学校)資料8
研究紀要2010(小学校)資料9


添付ファイル: file研究紀要2010小学校(ver0.4).txt 233件 [詳細] file研究紀要2010小学校(ver0.2).txt 214件 [詳細] file研究紀要2010小学校(ver0.3).txt 220件 [詳細] file研究紀要2010小学校(ver0.6).txt 233件 [詳細] file研究紀要2010小学校(ver0.5).txt 229件 [詳細] file研究紀要2010小学校(ver0.7).txt 220件 [詳細]

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Last-modified: 2023-03-28 (火) 21:32:53