小学校学習指導要領解説 道徳編 平成20年6月 文部科学省 --1/128-- 目次 第1章 総説…………………………………………………………………………… 1 第1節 道徳教育改訂の要点 ……………………………………………………… 1 1 改訂の経緯 …………………………………………………………………… 1 2 道徳教育改訂の趣旨 ………………………………………………………… 2 3 道徳教育改訂の要点 ………………………………………………………… 7 4 昭和33年からの改訂の歩み ……………………………………………… 11 第2節 道徳教育の基本的な在り方 ……………………………………………… 14 1 道徳の意義 …………………………………………………………………… 14 2 道徳性の発達と道徳教育 …………………………………………………… 15 3 児童を取り巻く社会の変化と道徳教育…………………………………… 19 第2章 道徳の目標…………………………………………………………………… 22 第1節 道徳教育と道徳の時間 …………………………………………………… 22 第2節 道徳教育の目標 …………………………………………………………… 22 第3節 道徳の時間の目標 ………………………………………………………… 28 第4節 道徳教育推進上の基本的配慮事項 ……………………………………… 31 第3章 道徳の内容…………………………………………………………………… 33 第1節 内容の基本的性格 ………………………………………………………… 33 1 内容のとらえ方 ……………………………………………………………… 33 2 内容構成の考え方 …………………………………………………………… 34 3 内容の取扱い方 ……………………………………………………………… 35 第2節 内容項目の指導の観点 …………………………………………………… 38 1 第1学年及び第2学年の内容 ……………………………………………… 38 2 第3学年及び第4学年の内容……………………………………………… 47 3 第5学年及び第6学年の内容 ……………………………………………… 52 第4章 道徳の指導計画……………………………………………………………… 61 第1節 指導計画作成の方針と推進体制の確立 ………………………………… 61 1 校長の方針の明確化 ………………………………………………………… 61 2 道徳教育推進教師を中心とした協力体制の整備 ………………………… 61 --2/128-- 第2節 道徳教育の全体計画 ……………………………………………………… 63 1 全体計画の意義 ……………………………………………………………… 63 2 全体計画の内容 ……………………………………………………………… 64 3 全体計画作成上の創意工夫と留意点 ……………………………………… 65 第3節 道徳の時間の年間指導計画 ……………………………………………… 67 1 年間指導計画の意義 ………………………………………………………… 67 2 年間指導計画の内容 ………………………………………………………… 68 3 年間指導計画作成上の創意工夫と留意点 ………………………………… 69 第4節 学級における指導計画 …………………………………………………… 72 1 学級における指導計画の意義 ……………………………………………… 72 2 学級における指導計画の内容 ……………………………………………… 72 3 学級における指導計画作成や活用上の創意工夫と留意点 ……………… 73 第5節 指導内容の重点化における配慮と工夫 ………………………………… 74 1 各学年を通じて配慮すること ……………………………………………… 74 2 学年段階ごとに配慮すること ……………………………………………… 75 第5章 道徳の時間の指導…………………………………………………………… 77 第1節 指導の基本方針 …………………………………………………………… 77 第2節 学習指導案の内容とその作成 …………………………………………… 79 1 学習指導案の内容 …………………………………………………………… 79 2 学習指導案作成の主な手順 ………………………………………………… 80 3 学習指導案作成上の創意工夫 ……………………………………………… 81 第3節 学習指導の多様な展開 …………………………………………………… 82 1 道徳の時間の特質を生かした指導 ………………………………………… 82 2 多様な学習指導の構想 ……………………………………………………… 83 3 道徳の時間に生かす指導方法の工夫 ……………………………………… 84 第4節 道徳の時間の指導における配慮とその充実 …………………………… 87 1 道徳教育推進教師を中心とした指導体制の充実 ………………………… 87 2 体験活動を生かすなどの指導の充実 ……………………………………… 88 3 魅力的な教材の開発や活用 ………………………………………………… 90 4 言葉を生かし考えを深める工夫 …………………………………………… 92 5 情報モラルの問題に留意した指導 ………………………………………… 94 --3/128-- 第6章 教育活動全体を通じて行う指導…………………………………………… 96 第1節 指導の基本方針 …………………………………………………………… 96 第2節 各教科,外国語活動,総合的な学習の時間,及び 特別活動における指導 ……………………………………………………… 98 1 各教科及び外国語活動における指導 ……………………………………… 99 2 総合的な学習の時間における指導 ………………………………………… 102 3 特別活動における指導 ……………………………………………………… 104 第3節 その他の教育活動における指導 ………………………………………… 107 1 日常的な生活の場面における指導 ………………………………………… 107 2 人間関係の充実 ……………………………………………………………… 108 3 教室や校舎・校庭等の環境の整備 ………………………………………… 109 第7章 家庭や地域社会との連携…………………………………………………… 111 第1節 家庭や地域社会における道徳教育とその役割 ………………………… 111 1 家庭における道徳教育 ……………………………………………………… 111 2 地域社会における道徳教育 ………………………………………………… 112 第2節 家庭や地域社会との連携による道徳教育 ……………………………… 114 1 家庭や地域社会との協力体制 ……………………………………………… 114 2 多様な連携の創意工夫 ……………………………………………………… 115 第8章 児童理解に基づく道徳教育の評価………………………………………… 119 第1節 道徳教育における評価の意義 …………………………………………… 119 第2節 道徳性の理解と評価 ……………………………………………………… 120 1 評価の基本的態度 …………………………………………………………… 120 2 評価の観点と方法 …………………………………………………………… 120 3 評価の創意工夫と留意点 …………………………………………………… 123 --4/128-- -1- 第1章 総 説 第1節 道徳教育改訂の要点 1 改訂の経緯 21世紀は,新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる 領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す,いわゆる「知識基盤社会」の時 代であると言われている。このような知識基盤社会化やグローバル化は,アイディ アなど知識そのものや人材をめぐる国際競争を加速させる一方で,異なる文化や文 明との共存や国際協力の必要性を増大させている。このような状況において,確か な学力,豊かな心,健やかな体の調和を重視する「生きる力」をはぐくむことがま すます重要になっている。 他方,OECD(経済協力開発機構)のPISA調査など各種の調査からは,我が国の児 童生徒については,例えば, @ 思考力・判断力・表現力等を問う読解力や記述式問題,知識・技能を活用す る問題に課題, A 読解力で成績分布の分散が拡大しており,その背景には家庭での学習時間な どの学習意欲,学習習慣・生活習慣に課題, B 自分への自信の欠如や自らの将来への不安,体力の低下といった課題, が見られるところである。 このため,平成17年2月には,文部科学大臣から,21世紀を生きる子どもたちの 教育の充実を図るため,教員の資質・能力の向上や教育条件の整備などと併せて, 国の教育課程の基準全体の見直しについて検討するよう,中央教育審議会に対して 要請があり,同年4月から審議を開始した。この間,教育基本法改正,学校教育法 改正が行われ,知・徳・体のバランス(教育基本法第2条第1号)とともに,基礎 的・基本的な知識・技能,思考力・判断力・表現力等及び学習意欲を重視し(学校 教育法第30条第2項),学校教育においてはこれらを調和的にはぐくむことが必要 である旨が法律上規定されたところである。中央教育審議会においては,このよう な教育の根本にさかのぼった法改正を踏まえた審議が行われ,2年10か月にわたる 審議の末,平成20年1月に「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校 の学習指導要領等の改善について」答申を行った。 この答申においては,上記のような児童生徒の課題を踏まえ, @ 改正教育基本法等を踏まえた学習指導要領改訂 --5/128-- -2- A 「生きる力」という理念の共有 B 基礎的・基本的な知識・技能の習得 C 思考力・判断力・表現力等の育成 D 確かな学力を確立するために必要な授業時数の確保 E 学習意欲の向上や学習習慣の確立 F 豊かな心や健やかな体の育成のための指導の充実 を基本的な考え方として,各学校段階や各教科等にわたる学習指導要領の改善の方 向性が示された。 具体的には,@については,教育基本法が約60年振りに改正され,21世紀を切り 拓く心豊かでたくましい日本人の育成を目指すという観点から,これからの教育の ひら 新しい理念が定められたことや学校教育法において教育基本法改正を受けて,新た に義務教育の目標が規定されるとともに,各学校段階の目的・目標規定が改正され たことを十分に踏まえた学習指導要領改訂であることを求めた。Bについては,読 み・書き・計算などの基礎的・基本的な知識・技能は,例えば,小学校低・中学年 では体験的な理解や繰り返し学習を重視するなど,発達の段階に応じて徹底して習 得させ,学習の基盤を構築していくことが大切との提言がなされた。この基盤の上 に,Cの思考力・判断力・表現力等をはぐくむために,観察・実験,レポートの作 成,論述など知識・技能の活用を図る学習活動を発達の段階に応じて充実させると ともに,これらの学習活動の基盤となる言語に関する能力の育成のために,小学校 低・中学年の国語科において音読・暗唱,漢字の読み書きなど基本的な力を定着さ せた上で,各教科等において,記録,要約,説明,論述といった学習活動に取り組 む必要があると指摘した。また,Fの豊かな心や健やかな体の育成のための指導の 充実については,徳育や体育の充実のほか,国語をはじめとする言語に関する能力 の重視や体験活動の充実により,他者,社会,自然・環境とかかわる中で,これら とともに生きる自分への自信をもたせる必要があるとの提言がなされた。 この答申を踏まえ,平成20年3月28日に学校教育法施行規則を改正するとともに, 幼稚園教育要領,小学校学習指導要領及び中学校学習指導要領を公示した。小学校 学習指導要領は,平成21年4月1日から移行措置として算数,理科等を中心に内容 を前倒しして実施するとともに,平成23年4月1日から全面実施することとしてい る。 2 道徳教育改訂の趣旨 (1) 改善の基本的な観点 --6/128-- -3- 今回の学習指導要領の改訂における道徳教育の改善についての基本的な観点は次の とおりである。 ア 改正教育基本法等の趣旨と道徳教育 改正教育基本法においては,その第1条において「教育は,人格の完成を目指し, 平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国 民の育成を期して行われなければならない」と教育の目的を規定し,第2条において は,その目的を実現するための目標を示した。そこでは,今後の教育において重視す べき理念として,従来から規定されている個人の価値の尊重,正義,責任などに加え, 新たに,公共の精神に基づき,主体的に社会の形成に参画し,その発展に寄与する態 度,生命や自然を大切にし,環境の保全に寄与する態度,伝統と文化を尊重し,それ らをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに,他国を尊重し,国際社会の平和 と発展に寄与する態度を養うことなどが規定された。 教育基本法の改正を受けた学校教育法の一部改正でも,義務教育の目標として,第 21条において上記と同様の趣旨が明記された。学校で行う道徳教育は,これらの趣旨 の実現に向けて取り組まれるものでなくてはならない。 イ 「生きる力」の理念の共有と道徳教育 「生きる力」をはぐくむことは,今回の学習指導要領においても引き継がれる。 「生きる力」とは,変化の激しい社会において,人と協調しつつ自律的に社会生活を 送ることができるようになるために必要な,人間としての実践的な力であり,豊かな 人間性を重要な要素としている。 子どもたちに必要とされる豊かな人間性とは,美しいものや自然に感動する心など の柔らかな感性,正義感や公正さを重んじる心,生命を大切にし,人権を尊重する心 などの基本的な倫理観,他人を思いやる心や社会貢献の精神,自立心,自己抑制力, 責任感,他者との共生や異なるものへの寛容などの感性及び道徳的価値を大切にする 心であるととらえられる。このような心の育成を図るのが心の教育であり,その基盤 としての道徳教育なのである。 次代を担う子ども自らが学ぶ意思や意欲をもち,未来への夢や目標を抱き,自らを 律しつつ,自己責任を果たし,自分の利益だけでなく社会や公共のために何をなし得 るかを大切に考える豊かな心をはぐくむことが重要である。その視点からも,道徳教 育の充実は重要な課題である。 ウ これからの学校の役割と道徳教育 学校は,子どもたちの豊かな人格を形成していくとともに,国家・社会の形成者と して必要な資質を培う場である。そのためには,子どもが友達や大人たちの中でかけ がえのない一人の人間として大切にされ,頼りにされていることを実感でき,存在感 と自己実現の喜びを味わうことのできる学校にしていかなくてはならない。また,そ --7/128-- -4- のような学校は,子どもにとって伸び伸びと過ごせる楽しい場であり,興味・関心の あることにじっくり取り組めるゆとりがあり,安心して自分の力を発揮できるような 場であることが求められる。さらに,そのための基盤として,子どもたちの望ましい 人間関係や教師との信頼関係がはぐくまれていくことが重要である。 しかし,現在,子どもの自制心や規範意識の希薄化,生活習慣の確立が不十分であ ることなど,子どもたちの心と体の状況にかかわる課題は少なくない。また,自分に 自信がある子どもが国際的に見て少ないことや,学習や将来の生活に対して無気力で あったり不安を感じたりしている子どもの増加等も指摘されている。その中で,現実 から逃避し,今の自分さえよければという自己の考えに閉じこもりがちな子どもの問 題も指摘されている。子どもたちが,他者,社会,自然・環境との豊かなかかわりの 中で生きるという実感や達成感を深めてこそ健全な自信がはぐくまれる。そのために も,学校の集団生活の場としての機能を十分に生かし,道徳教育の一層の充実を図ら なければならない。 エ 学校段階における重点の明確化と道徳教育 道徳教育はすべての学校段階において一貫して取り組むべきものであり,幼稚園, 小・中・高等学校の学校段階や小学校の低・中・高学年の各学年段階ごとにその重点 を明確にし,より効果的な指導が行われるようにする必要がある。その際, ・幼稚園においては規範意識の芽生えを培うこと, ・小学校においては生きる上で基盤となる道徳的価値観の形成を図る指導を徹底す るとともに自己の生き方についての指導を充実すること, ・中学校においては思春期の特質を考慮し,社会とのかかわりを踏まえ,人間とし ての生き方を見つめさせる指導を充実すること, ・高等学校においては社会の一員としての自己の生き方を探求するなど人間として の在り方生き方についての自覚を一層深める指導を充実すること, にそれぞれ配慮する必要がある。 とりわけ,基本的な生活習慣や人間としてしてはならないことなど社会生活を送る 上で人間としてもつべき最低限の規範意識,自他の生命の尊重,自分への信頼感や自 信などの自尊感情や他者への思いやりなどの道徳性を養うとともに,それらを基盤と して,法やルールの意義やそれらを遵守することなどの意味を理解し,主体的に判断 し,適切に行動できる人間を育てることなどが重要な課題となっている。 (2) 改善の基本方針 平成20年1月の中央教育審議会の答申においては,このような観点を踏まえ,道徳 教育の充実・改善のための基本方針について,次のように示されている。 ○ 道徳教育については,その課題を踏まえ,小・中・高等学校の道徳教育を通じ, 人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を培い,自立し,健全な自尊感情をもち, い --8/128-- -5- 主体的,自律的に生きるとともに,他者とかかわり,社会の一員としてその発展に 貢献することができる力を育成するために,その基盤となる道徳性を養うことを重 視する。 また,発達の段階や社会とのかかわりの広がりなどの子どもたちの実態や指導上 の課題を踏まえ,学校や学年段階ごとに,道徳教育で取り組むべき重点を明確にす る。 ○ 道徳の時間における子どもの受け止めは,小学校と中学校では相当に異なってい ることから,幼児期や高等学校段階での改善を視野に入れつつ,より効果的な教育 を行うために,小学校と中学校の指導の重点や特色を明確にする。 高等学校においては,道徳の時間は設定されていないが,社会の急激な変化に伴 い,人間関係の希薄化,規範意識の低下が見られる中で,高等学校でも,知識等を 教授するにとどまらず,その段階に応じて道徳性を養い,人間としての成長を図る 教育の充実を進める。 ○ 学校全体で取り組む道徳教育の実質的な充実を図る視点から,道徳教育の推進体 制等の充実を図る。 また,子どもの道徳性の育成に資する体験活動を一層推進するとともに,学校と 家庭や地域社会が共に取り組む体制や実践活動の充実を図る。 (3) 改善の具体的事項 さらに,これらの基本方針を受け,改善の具体的事項が下記の10項目にわたって示 されている。 (ア) 道徳教育の指導内容について,子どもの自立心や自律性,生命を尊重する心の育 成をいずれの段階においても共通する重点として押さえるとともに,基本的な生活 習慣,規範意識,人間関係を築く力,社会参画への意欲や態度,伝統や文化を尊重 する態度などを育成するといった観点から,学校や学年の段階ごとに取り組むべき 重点を示す。特に人間関係や集団の一員としての役割や責任などを実践を通して学 ぶ特別活動をはじめとして各教科等がそれぞれの特質を踏まえ担うものについても 明確にする。 また,道徳教育の内容項目について,学校や学年の接続や系統性を踏まえて,分 かりやすくする。 (イ) 小学校における道徳の時間においては,自己の生き方及びその基盤となる道徳的 価値観の形成を図る指導を徹底する観点から,低学年では,幼児教育との接続に配 慮し,例えば,基本的な生活習慣や善悪の判断,きまりを守るなど,日常生活や学 習の基盤となる道徳性の指導や感性に働きかける指導を重視する。 また,中学年では,例えば,集団や社会のきまりを守り,身近な人々と協力し助 け合うなど,体験や人間関係の広がりに配慮した指導を重視する。 --9/128-- -6- さらに高学年では,中学校段階との接続も視野に入れ,他者との人間関係や社会 とのかかわりに一層目を向け,相手の立場の理解と支え合い,集団の一員としての 役割と責任などに関する多様な経験を生かし,夢や希望をもって生きることの指導 を重視する。特に高学年段階から同じテーマを複数の時間にわたって指導するなど, 指導上の工夫を促進する。 (ウ) 中学校における道徳の時間においては,思春期の特質を考慮し,社会とのかかわ りを踏まえ,人間としての生き方や社会とのかかわりを見つめさせる指導を充実す る観点から,道徳的価値に裏打ちされた人間としての生き方について自覚を深める指 導を重視する。その際,法やきまり,社会とのかかわりなどに目を向ける,人物から 生き方や人生訓を学んだり自分のテーマをもって考え討論したりするなど,多様な学 習を促進する。 また,中学校は教科担任制であり,複数の教師が生徒の教科等の指導にかかわるこ とを生かして,学年や学校において協力し合う指導体制による展開を重視する。 (エ) 高等学校においては,高等学校のすべての教育活動を通じて道徳教育が効果的に 実践されるようにするため,学校としての指導の重点や方針を明確にし,道徳教育 の全体計画の作成を必須化するとともに,各教科や特別活動,総合的な学習の時間 がそれぞれの特質を踏まえて担うものについて明確にする。 また,社会の一員としての自己の生き方を探求するなど,生徒が人間としての在 り方生き方にかかわる問題について議論し考えたりしてその自覚を一層深めるよう にする観点から,中核的な指導場面となる「倫理」や「現代社会」(公民科),「ホ ームルーム活動」(特別活動)などについて内容の改善を図る。 (オ) 特に小学校高学年や中学校の段階で,法やきまり,人間関係,生き方など社会的 自立に関する学習において,より効果的な指導を行うため,道徳の時間及び各教科 等それぞれで担うものや相互の関連を踏まえ,役割演技など具体的な場面を通した 表現活動を生かすといった指導方法や教材等について工夫することが必要である。 (カ) 道徳的価値観の形成を図る観点から,書く活動や語り合う活動など自己の心情・ 判断等を表現する機会を充実し,自らの道徳的な成長を実感できるようにする。 (キ) 社会における情報化が急速に進展する中,インターネット上の「掲示板」への書 き込みによる誹謗中傷やいじめといった情報化の影の部分に対応するため,発達の ひぼう 段階に応じて情報モラルを取り扱う。 (ク) 学校教育全体で取り組む道徳教育の実質的な充実の観点から,道徳教育主担当者 を中心とした体制づくり,実際に活用できる有効で具体性のある全体計画の作成, 小・中学校における授業公開の促進を図る。 (ケ) 子どもの道徳性の育成に資する体験活動や実践活動として,例えば,幼児等と触 れ合う体験,生命の尊さを感じる体験,小学校における自然の中での集団宿泊活動, --10/128-- --10/128-- -7- 中学校における職場体験活動,高等学校における奉仕体験活動などを推進する。 (コ) 道徳教育にとっても家庭や地域社会の果たす役割は重要であり,様々な学校教育 活動について学校,家庭,地域が相互に結び付きを深める中で,道徳教育について は,例えば,生活習慣や礼儀,マナーを身に付けるための取組などが家庭や地域社 会において積極的に行われるようにその促進を図ることが重要である。 3 道徳教育改訂の要点 これらの改善の基本方針等を踏まえて,次のような改善を行った。 (1) 「第1章 総則」の第1の2について 道徳教育の教育課程編成における方針として,道徳の時間の役割を「道徳の時間を 要 として学校の教育活動全体を通じて行うもの」であるとし,「 要 」という表現を かなめ かなめ 用いて道徳の時間の道徳教育における中核的な役割や性格を明確にした。また,「児 童の発達の段階を考慮して」と示し,学校や学年の段階に応じ,発達的な課題に即し た適切な指導を進める必要性について示した。 道徳教育の目標については,従来の目標に加えて,「伝統と文化を尊重し,それら をはぐくんできた我が国と郷土を愛し」,「公共の精神を尊び」,「他国を尊重し,国 際社会の平和と発展や環境の保全に貢献し」を加えた。これらは,改正教育基本法に おける教育の目標や学校教育法の一部改正で新たに規定された義務教育の目標を踏ま えたものである。 道徳教育推進上の配慮事項については,人間関係を深めること,家庭や地域社会と の連携,豊かな体験活動の充実等について示しているが,そこに「児童が自己の生き 方についての考えを深め」を加え,児童が健全な自信をもち豊かなかかわりの中で自 立心をはぐくみ,自律的に生きようとすることの大切さを示した。また,発達の段階 や児童を取り巻く環境の変化を踏まえ,小学校段階で重視すべき豊かな体験として集 団宿泊活動を例示に加えた。さらに,児童の内面に根ざした道徳性の育成に際し, 「特に児童が基本的な生活習慣,社会生活上のきまりを身に付け,善悪を判断し,人 間としてしてはならないことをしないこと」への配慮など,第3章の第3の1の(3) に示す低学年段階の重点を例示し,小学校段階での指導の特色を示した。 (2) 「第3章 道徳」について ア「目標」 道徳の時間の目標に関しては,「道徳的価値の自覚を深め」としていたところ に,「自己の生き方についての考え」を加え,「道徳的価値の自覚及び自己の生 き方についての考えを深め」とした。これは,道徳の時間の特質である道徳的価 --11/128-- -8- 値の自覚を一層促し,そのことを基盤としながら,児童が自己の生き方に結び付 けて考えてほしいとの趣旨を重視したものである。これは,中学校段階における 「道徳的価値及びそれに基づいた人間としての生き方についての自覚」に発展す る前の段階であるととらえることができる。このことによって,道徳の時間が人 間としての在り方や生き方の 礎 となる道徳的価値について学び,それを自己の いしずえ 生き方に結び付けながら自覚を深め,道徳的実践力を育成するものであることを より明確にした。 イ「内容」 内容については,その項目を示す前段の冒頭に「道徳の時間を 要 として学校 かなめ の教育活動全体を通じて行う道徳教育の内容は,次のとおりとする」と示した。 これは,以下に示す内容項目のすべてが,道徳の時間の内容として計画的,発展 的に取り上げるべきものであり,教育活動全体でも,各教科等の特質に応じて指 導するものであることを示している。このことは,それぞれの教育活動で行われ る道徳性育成の指導が,道徳の時間において補充,深化,統合されると同時に, 道徳の時間で行った指導が学校の教育活動全体に波及し,生かされていくという 関係があることも示している。 また内容については,四つの視点によって内容項目を構成して示すという考え 方は従来どおりとしつつ,以下のような改善を図った。 (ア) 「第1学年及び第2学年」においては,新たな項目として4の(2)「働くこと のよさを感じて,みんなのために働く」を加えた。この段階から,児童が身近な 集団の役に立つために働くという社会参画への意識を育てることを意図した項目 であり,1の(2)の「自分がやらなければならない勉強や仕事」を自己の成長の ためにしっかりと行うとする項目との関連や違いを考慮する必要がある。 また,2の(2)は「幼い人や高齢者など身近にいる人に」と表現を調整し,児 童が親切な行為について幼い人や高齢者だけでなく,困っている人など身近にい る多様な人々に意識を広げられるようにした。4の(1)においては,「約束やき まりを守り,みんなが使うものを大切にする」と,前後の内容を入れ替え,集団 のきまりをしっかりと守ることをより強調した。 3の視点の内容項目については,従来の3の(2)の生命を大切にする心に関す る内容を3の(1)とし,3の(1)の自然愛や動植物に対する優しさに関する内容を 3の(2)として入れ替えた。これは,3の視点の中で生命を尊重する心の育成を 最初に位置付けたものである。この改善は後述する中・高学年段階のみならず, 中学校段階まで同様に行っている。これにより,自然を愛する心や畏敬の念に関 い する内容等の配列順も含め,学校や学年の段階を通した一貫的な理解がしやすく なったといえる。 --12/128-- -9- (イ) 「第3学年及び第4学年」においては,新たな項目として,1の(5)「自分の 特徴に気付き,よい所を伸ばす」を加えた。児童が自己の生き方を大切に考え, 多様な可能性を意識しながら自己のよさを実現するために意欲的に取り組んでい くことが重要であるとの考えを踏まえたものであり,高学年段階の1の(6)「自 分の特徴を知って,悪い所を改めよい所を積極的に伸ばす」につながる内容項目 である。 また,従前の1の(2)「よく考えて行動し,過ちは素直に改める」の項目を削 除し,その趣旨を1の(1)の基本的な生活習慣の形成に関する内容に「よく考え て行動し」を加えるとともに,1の(4)の正直さや明るい心に関する内容に「過 ちは素直に改め」を加えることによって,他の学年段階における内容との指導の つながりや発展性をより分かりやすいものとした。また,このことにより,1の 視点内での各学年段階間の内容項目のつながりが一層理解しやすくなったといえ る。 さらに,1の(3)において,「正しいと思うこと」を「正しいと判断したこ と」と改め,善悪の判断をより主体的に自らの考えで行うものであることとした。 4の(2)においては,「進んで働く」を「進んでみんなのために働く」と改め, 働くことによる社会参画への意識を中学年なりに一層深められるようにした。 なお,この段階においても,3の視点の中で内容項目の順を低学年段階と同様 の趣旨から入れ替えている。 (ウ) 「第5学年及び第6学年」においては,新たに付け加えた内容項目はないが, まず,1の(1)の内容に「生活習慣の大切さを知り」を加え,望ましい生活習慣 の形成を重視するとともに,生活習慣にかかわる内容項目であることを明確にし た。また,「生活を振り返り」を「自分の生活を見直し」と改め,生活の自己改 善を図ることの重要性を示した。 また,1の(3)においては,「規律ある行動をする」を「自律的で責任のある 行動をする」と改め,自立心や自律性及び自己に対する責任感をはぐくむことを より明確にした。 なお,この段階においても,3の視点の内容項目の順を低学年段階と同様の趣 旨から入れ替え,生命を尊重する心の育成を最初に位置付け,低学年段階から中 学校段階に至る3の視点全体の内容項目の連続性を分かりやすくした。 4の視点では,この段階においても法やきまりを守る態度等の育成にかかる内 容を最初に位置付けることとして内容項目を入れ替え,従来の4の(1)の内容項 目を4の(3)とし,新たに4の(1)の内容項目を「公徳心をもって法やきまりを守 り,自他の権利を大切にし進んで義務を果たす」とした。これにより低学年や中 学年段階との間の発展的な理解をしやすくした。また,4の(3)の項目は「身近 --13/128-- -10- な集団に進んで参加し,自分の役割を自覚し,協力して主体的に責任を果たす」 とし,4の(4)の働くことの意義の理解や公共のために尽くすことなどと関連さ せて,社会参画への意欲や態度に関する内容項目としての理解をしやすくした。 ウ 「指導計画の作成と内容の取扱い」 指導計画の作成と内容の取扱いについては,特に次のような改善を図っている。 (ア) 1の道徳教育の指導計画の作成においては,「校長の方針の下に,道徳教育の 推進を主に担当する教師(以下「道徳教育推進教師」という。)を中心に」と示 した。これは,全教師で作成する道徳教育の諸計画について,校長の方針を明確 にし,学校として取り組む重点や特色を明確にする必要があることを示すととも に,道徳教育の推進を中心となって担う教師を位置付け,学校として一体的な推 進体制をつくることの重要性を示したものである。 1の(1)の道徳教育の全体計画の作成に関しては,教育活動全体の関連を生か した指導の充実とともに,計画そのものに具体性をもたせ,より活用しやすいも のとするために,各教科等の道徳性の育成に関して,主な指導の「内容及び時 期」を含めた計画を作成する必要があることを示した。 1の(2)の道徳の時間の年間指導計画の作成に関しては,「第2に示す各学年 段階ごとの内容項目は相当する各学年においてすべて取り上げること」と示した。 このことは,2学年ずつまとめて示している道徳の内容項目について,どの内容 も明確に各学年ごとに計画に位置付け,見通しのある適切な指導をすべきことを 意味している。 1の(3)においては,まず,児童が自らの生き方を積極的に考え,かけがえの ない自他の生命を大切にする心を育てることの重要性から,「各学年を通じて自 立心や自律性,自他の生命を尊重する心を育てることに配慮する」と示し,すべ ての学年段階にわたる一貫した重点として考慮する内容を示した。それに続けて, 各学年段階で配慮したい重点について,従前の内容に加えて具体的に示した。特 に低学年では,人間としてしてはならないことをしないこと,中学年では,集団 や社会のきまりを守ること,高学年では,法やきまりの意義を理解すること,相 手の立場を理解し,支え合う態度を身に付けること,集団における役割と責任を 果たすことなどを加え,各学校での重点化を図るに当たって配慮したい内容を, 児童の発達の段階や教育課題に即して,より具体的なものとした。また,思春期 に入る児童も見られる高学年段階では,悩みや葛藤等の心の揺れに加えて,「人 かっとう 間関係の理解」等の課題を例示し,自己の生き方についての考えを一層深められ るよう工夫することを示した。 (イ) 2について,趣旨はそのままとしている。なお,第2に示す道徳の内容につい て「各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動においてもそれぞれ --14/128-- -11- の特質に応じた適切な指導を行うものとする」と示す趣旨をより明確にするため, 学習指導要領の「第2章 各教科」及び「第4章 外国語活動」,「第5章 総 合的な学習の時間」,「第6章 特別活動」の「第3 指導計画の作成と内容の 取扱い」においても,その趣旨を新たに規定した。 (ウ) 3に示す道徳の時間における指導に関しては,次の改善を行っている。 3の(1)では,校長や教頭などの参加,他の教師との協力的な指導等において, 「道徳教育推進教師を中心とした」指導体制を充実することとし,各学年や学級 で進める道徳の時間の指導について,学校としての計画に基づいて見通しをもっ て実施し,相互に情報交換したり,学び合ったりして一層の効果を高めること等 の重要性を示した。 3の(2)では,道徳の時間に生かす体験活動として,総則と同様に集団宿泊活 動を加え,主として指導方法にかかわって創意工夫ある指導を行うことをより明 確にした。 3の(3)では,教材の開発や活用に関して,「先人の伝記,自然,伝統と文化, スポーツなどを題材とし,児童が感動を覚えるような魅力的な教材」と具体的に 例示し,多様な教材を生かした創意工夫ある指導を行うことを一層重視した。 3の(4)では,「自分の考えを基に,書いたり話し合ったりするなどの表現す る機会を充実し,自分とは異なる考えに接する中で,自分の考えを深め,自らの 成長を実感できるよう工夫すること」と示し,全教育活動で充実する言語活動に 関するものとして,道徳的価値観の形成を図る観点から,自己の心情や判断等を 表現する機会を充実して,自らの成長を実感できるようにすることを重視した。 3の(5)は「児童の発達の段階や特性等を考慮し,第2に示す道徳の内容との 関連を踏まえ,情報モラルに関する指導に留意すること」と示し,情報化の影の 部分への対応を重視した。 (エ) 4においては,学校と家庭,地域社会とが共通理解を深め,相互の連携を生か した一体的な道徳教育が行われるよう「道徳の時間の授業を公開」することに配 慮する必要性について示した。 4 昭和33年からの改訂の歩み 今回の道徳教育の改訂は,昭和33年の学習指導要領の改訂において,道徳が教育課 程に位置付けられて以来5回目になる。今回の改訂においても,道徳教育に関する基 本的な考え方は変わっていない。 (1) 昭和33年の改訂 --15/128-- -12- まず,「総則」の「第3 道徳教育」において,「学校における道徳教育は,本来, 学校の教育活動全体を通じて行うことを基本とする」ことや,「道徳教育の目標は, 教育基本法および学校教育法に定められた教育の根本精神に基く」こと,更に,道徳 の時間においては「道徳的実践力の向上を図る」ことを明記している。 「第3章 第1節 道徳」の「目標」では,「総則」の道徳教育の目標の部分を再 掲し,後段で道徳の時間の具体的目標を,基本的行動様式,道徳的心情・判断,個性 伸長・創造的生活態度,民主的な国家・社会の成員としての道徳的態度と実践意欲の 四つに分けて示している。 「内容」では,「目標」に書かれている四つの柱の下に36の内容項目を挙げ,その 内の26項目については,かっこ書きを付けて各学年段階の指導内容を示している。 「指導計画作成および指導上の留意事項」においては,道徳の時間の性格をはじめ として,具体的に指導計画作成や指導上の留意事項について記述している。 (2) 昭和43年の改訂 「総則」においては,道徳教育の目標を教育全般の目標と区別するために,「その 基盤としての道徳性を養うこと」を加えた。また,道徳の時間についての記述は「第 3章 道徳」の「目標」に移している。 「第3章 道徳」の「目標」では,四つの具体的目標の記述を削除し,「道徳の時 間においては,以上の目標に基づき,各教科および特別活動における道徳教育と密接 な関連を保ちながら,計画的,発展的な指導を通して,これを補充し,深化し,統合 して,児童の道徳的判断力を高め,道徳的心情を豊かにし,道徳的態度と実践意欲の 向上を図るものとする」と明記した。 「内容」については,四つの柱を削除し,内容項目も一部を整理・統合して32項目 に精選している。また,かっこ書きをすべての項目に付けた。 「指導計画の作成と内容の取扱い」では,重点的指導や関連的指導及びかっこ書き の活用について明記している。 (3) 昭和52年の改訂 「総則」においては,道徳教育の目標の部分も「第3章 道徳」の「目標」に移し, 新たに「教師と児童及び児童相互の人間関係を深める」こと,「家庭や地域社会との 連携を図りながら」,「道徳的実践の指導を徹底する」ことを加えている。 また,「第3章 道徳」の「目標」では,道徳の時間に関する記述部分の末尾に 「道徳的実践力を育成するものとする」を加えている。 「内容」においては,更に一部を整理・統合して28項目に精選したが,基本的には ほとんど変わっていない。 「指導計画の作成と内容の取扱い」では,新たに「家庭や地域社会との共通理解を 深め,相互の連携を図るように配慮する」ことを加えている。 --16/128-- -13- (4) 平成元年の改訂 「総則」においては,児童や学校の実態を考慮して「豊かな体験を通して内面に根 ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しなければならない」ことや「望ましい人間 関係の育成」を加えている。 「第3章 道徳」の「目標」については,従来の人間尊重の精神の一層の深化を意 図して「生命に対する畏敬の念」を加えるとともに,「主体性のある」日本人の育成 を強調した。また,道徳の時間の目標では,道徳的心情を豊かにすることを強調した。 「内容」については,小学校・中学校共通に四つの視点によって分類整理するとと もに,内容の重点化を図って,低学年14項目,中学年18項目,高学年22項目とした。 「指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い」においては,道徳教育の全体計 画と道徳の時間の年間指導計画の充実を図った。さらに,重点化された内容の取扱い や道徳の時間における指導の工夫,学級や学校における環境の整備などについて充実 を図った。 (5) 平成10年の改訂 学校の教育活動全体で行う道徳教育の趣旨を明確にし,それを充実する観点から, 道徳教育の目標を「第1章 総則」に掲げるとともに,従来の趣旨に加えて,「豊か な心」と「未来を拓く」を新たに加えた。また,道徳教育推進に当たって,ボランテ ひら ィア活動や自然体験活動などの豊かな体験や道徳的実践を充実させ,児童の内面に根 ざした道徳性の育成に一層努めるよう示した。 「第3章 道徳」の「目標」では,「道徳的な心情や判断力,実践意欲と態度」の 記述を道徳教育の全体目標の部分に移行させるとともに,道徳の時間の特質を一層明 確にするため,「道徳的価値の自覚を深め」を加えるなどの改善を図った。 「内容」については,低学年に4の(4)「郷土の文化や生活に親しみ,愛着をも つ」を加え,低学年を15項目とした。中学年は18項目,高学年は22項目で変わりはな いが,全体として自らのよさを伸ばす目的意識をもった生活,集団や社会への積極的 で主体的なかかわりを伸ばす視点及び発達の段階を踏まえた指導内容の発展性を一層 考慮して,表現を一部改善している。 「指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い」においては,計画の作成に当た り,校長の指導力と指導体制の充実と道徳の時間の指導における2学年を見通した重 点的な指導などを強調するとともに,学年段階ごとに配慮すべき重点的な課題を示し, 児童の発達の段階や特性に応じた指導の工夫を推進することとした。また,道徳の時 間の指導においては,体験活動を生かすなどの指導方法の工夫や魅力的な教材の開発 や活用の一層の促進を示し,家庭や地域社会との連携にかかわって,授業の実施や教 材の開発への保護者や地域の人々の参加や協力について示した。 --17/128-- -14- 第2節 道徳教育の基本的な在り方 道徳教育の改訂の趣旨について理解を深めるために,まず,道徳教育の基本的な在 り方について押さえておく必要がある。学校における道徳教育の意義は,次のように とらえることができる。 1 道徳の意義 (1) 人間としてよりよく生きる−人格の基盤としての道徳性の育成− 人間は,だれもが人間として生きる資質をもって生まれてくる。その資質は,人間 社会における様々なかかわりや自己との対話を通して開花し,固有の人格が形成され る。その過程において,人間は様々に夢を描き,希望をもち,また,悩み,苦しみ, 人間としての在り方や生き方を自らに問い掛ける。この問い掛けを繰り返すことによ って,人格もまた磨かれていくということができる。人間は,本来,人間としてより よく生きたいという願いをもっている。この願いの実現を目指して生きようとすると ころに道徳が成り立つ。 道徳教育とは,人間が本来もっているこのような願いやよりよい生き方を求め実践 する人間の育成を目指し,その基盤となる道徳性を養う教育活動である。教育基本法 第1条に「教育は,人格の完成を目指し,平和で民主的な国家及び社会の形成者とし て必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならな い」と規定されているように,教育は人格の完成を目的としている。道徳教育はこの 人格の形成の基本にかかわるものである。 (2) 豊かなかかわりと人間としての在り方や生き方の自覚 人間としての在り方を自覚し,よりよい生き方を求めていくのは,日々の生活にお ける様々なかかわりを通してである。そのかかわりとして,道徳との関連において, 特に自分自身,他の人,自然や崇高なもの及び集団や社会などを指摘できる。 道徳は,自らを見つめ,自らに問い掛けることから出発する。それは,外に表れて いる自己と内なる自己との対話を意味する。このことを通して,より積極的な自己像 を描き,未来に夢と希望をもって力強く生きようとするところに主体性が確立され, 自律的な人間が形成される。 道徳は,他者とのかかわりにおけるよりよい生き方を求めるものである。個人の生 活は,個人の独自性と相互依存性とをもって営まれている。自己を主張すればするほ ど,ますます自己が他者とのかかわり合いの中にあることを自覚する。他の人との心 の交流を深め,人間愛の精神に支えられることによって,人間は力強く生きることが --18/128-- -15- できる。 道徳は,自然や崇高なものとのかかわりをもっている。人間は自然との日々の触れ 合いによって,様々な思考や感情を発展させ,豊かな心を形成する。そして,生命あ るすべてのものをかけがえのないものとして感じ,大切にしようとする思いをもつ。 自然は,直接,間接に人格の形成に大きな影響を与えているのである。また,人々は 美しいものや崇高なものとのかかわりを通して,人間としての在り方や生き方の自覚 を一層深めていく。 そして,道徳は,人間社会におけるよりよい生き方を求めるものである。人間社会 は,人格としての個人と個人がかかわり合いながら生活を共にするところに成り立つ 社会集団である。そこには,独自の規範や価値観が存在する。人間は,様々な社会集 団とのかかわりの中で価値観を形成し,また,積極的にかかわることによってそれら に愛情をもち,自己の役割や責任を自覚して共に成長を図ろうとする。 道徳教育は,このようなかかわりを深めることを通して,国民として望ましい道徳 性を育成していくことが求められるのである。 (3) 小学校ではよりよく生きる基礎となる道徳性を育成する 小学校における道徳教育は,人間としてよりよく生きるための基礎・基本となる道 徳性を育成するところに意義がある。幼児期においてなされる道徳性の芽生えを促す 指導を踏まえて,小学校では,人間としてよりよく生きるために必要な道徳的価値や 行動の仕方を様々な体験や学習を通して学び,一人一人の基礎的な道徳性を確立して いく必要がある。そして,自らの日々の生活や現在及びこれからの自己の生き方に結 び付けて考えを深めようとする視点が重要になる。それらは,人間としての生き方の 自覚を重視した中学校における道徳教育へと受け継がれていく。 2 道徳性の発達と道徳教育 (1) 道徳性のとらえ方 道徳性とは,人間としての本来的な在り方やよりよい生き方を目指してなされる道 徳的行為を可能にする人格的特性であり,人格の基盤をなすものである。それはまた, 人間らしいよさであり,道徳的諸価値が一人一人の内面において統合されたものとい える。 すべての生命のつながりを自覚し,すべての人間や生命あるものを尊重し,大切に しようとする心に根ざして,向上心や思いやり,公徳心などの道徳的価値が形成され ていく。 こうしてはぐくまれた道徳性は,個人の生き方のみならず,人間のあらゆる文化的 --19/128-- -16- 活動や社会生活を根底で支えている。 初めて出会う人々とも仲よく交流したり,異なった文化や習慣を受け入れたりして, 人々が協力してよりよい社会を創っていくことができるのは,道徳性をもっているか らである。道徳性は,人間が人間として共によりよく生きていく上で最も大切にしな ければならないものである。 (2) 道徳性の発達 道徳性は,生まれたときから身に付けているものではない。人間は,道徳性の萌芽 をもって生まれてくる。人間社会における様々な体験を通して学び,開花させ,固有 のものを形成していくのである。道徳性の発達には,様々な要素がかかわり合ってい るが,特に次の点に留意する必要がある。 ア よりよく生きる力を引き出すこと 第1は,よりよく生きようとする力を諸能力の発達に合わせて自らが引き出し ていくことである。そのためには,自らの中によりよく生きようとする力がある ことに気付き,それを伸ばしていこうとする意欲をはぐくむ必要がある。 よりよく生きる力の自覚は,幼児期から可能である。すなわち,快,不快の感 情が認識できれば,それを基準にして,行ってよいことと悪いことに気付く。快 の感情をもたらす行為ができるのは,よりよく生きようとする力があるからであ る。成長するにつれ,理性や内省する力などが加わり,内面的・共通的な道徳的 心情を発達させ,自らよりよく生きる力を伸ばしていくことができる。 イ かかわりを豊かにすること 第2は,体験等の広がりに合わせて豊かなかかわりを発展させていくことであ る。道徳性は,人間社会における様々なかかわりを通して発達する。例えば人間 は,成長とともに人間的な触れ合いの輪を広げていく。そうした人間関係の広が りの中で,大切にし尊重する人々が次第に拡大し,自分の好き嫌いや身内や仲間 であるかないかといった意識を超えて,多くの人々へと触れ合いの輪が広がり, すべての人へ,そして生命あるすべてのものへと広がっていく過程を道徳性の発 達ととらえることができる。 道徳性を発展させる主なかかわりは,自分自身,他の人,自然や崇高なもの及 び集団や社会が考えられる。日常生活において,それらとのかかわりを豊かにも てる体験を充実させることによって,道徳性が発達する。 ウ 道徳的価値の自覚を深めること 第3は,認識能力や心情等の発達に合わせて,道徳的価値の自覚を深められる ようにしていくことである。道徳性の発達は,基本的には他律から自律への方向 をとる。それは,判断能力から見れば,結果を重視する見方から動機をも重視す る見方へ,主観的な見方から客観性を重視した見方へ,一面的な見方から多面的 --20/128-- --20/128-- -17- な見方へ,などの発達が指摘できる。このような道徳性の発達は,自分自身を見 つめる能力,相手のことを考える能力や相手のことを思う能力,さらには,感性 や情操の発達,社会的な経験や実行能力,社会的な期待や役割の自覚などとも大 いに関係する。 人間は,友達や回りの人々に親切にしなければならないと分かっていても,心 が動かないこともあるし,それを態度化し,行動に移せないこともある。また, 人間を尊重するといっても,意見や感情などの対立がある場合にどうするのかと いった問題も出てくる。こうした個々の具体的な状況に即して内面的な葛藤や感 かっとう 動などを体験し,道徳的価値の自覚を深めていくことによって道徳性が発達する。 したがって,道徳性の発達には,人間らしさを表す道徳的価値にかかわって道 徳的心情や判断力,実践意欲と態度などをはぐくみ,それらが一人一人の内面に 自己の生き方の指針として統合されていくような働き掛けを必要とする。 (3) 各学年段階における道徳性の育成 以上のことを踏まえて,児童の発達の段階に応じた道徳性の育成について,各学年 段階における留意点を述べておく。 ア 低学年 この時期には,特に道徳性の基本である自分でしなければならないことができ るようになる。幼児期の自己中心性はかなり残っているが,他人の立場を認めた り,理解したりする能力も徐々に発達してくる。動植物などへも心で語りかける ことができる。善悪の判断や具体的な行為については,教師や保護者の影響を受 ける部分が大きいものの,行ってよいことと悪いことについての理解ができるよ うになる。このような諸能力の発達そのものが,よりよく生きる力を引き出して いるのである。それらをじっくり見守る姿勢が,まず求められる。 また,この時期の児童は,知的能力の発達や学校などにおける生活経験によっ て次第に自主性が増し,様々なかかわりを広げていく。例えば仲間関係において も,次第に自分たちで役割を分担して生活や遊びができるようになる。また,家 庭や学級において,様々な役割を期待されたり,行ったりすることによって,集 団の一員としての意識をもってかかわりを深めていく。 教師は,特に児童が学校の生活リズムに慣れ,基本的な生活習慣を中心に規則 的な行動が進んでできるように根気強くかかわる必要がある。また,行ってよい ことと悪いことの区別がしっかりと自覚でき,社会生活上のきまりが確実に身に 付くよう繰り返し指導する必要がある。そして,集団の一員としての自覚が次第 に育つことにあわせて,みんなのために進んで働き役立とうとする意識を高める ことも重要である。さらに,児童の素直な心を大切にし,空想的な想像の世界が 広がっていくように,回りの人々や動植物等とのかかわりに留意することや,自 --21/128-- -18- 然との触れ合いや,魅力的な読み物などを通して豊かな感性が育つよう配慮する ことが大切である。 イ 中学年 この時期の児童は,身体が丈夫になるにつれ,運動能力や知的な能力も大きく 発達する。それらにあわせて社会的な活動能力が広がり,地域の施設や行事など に興味を示し,自然等への関心も増してくる。また,問題解決能力の発達に伴い 学習活動に一層興味を示すようになる。そして,計画的に努力する構えも身に付 く。自分の行為の善悪については,ある程度反省しながら把握できるようになる。 性差を意識するのもこの頃である。よりよく生きようとする力は,このような発 達特性のよさを実感し,自分のものとなるよう伸ばしていこうとするとき,具体 化されてくる。 集団とのかかわりにおいては,徐々に集団の規則や遊びのきまりの意義を理解 して,集団目標の達成に主体的にかかわったり,協同作業を行ったり,自分たち できまりをつくり守ろうとしたりすることもできるようになるなど,自主性が増 してくる。学級においては,幾つかの仲間集団ができ,集団の争いや,集団への 付和雷同的な行動も見られるようになる。仲間や身近な人を意識して自己の在り 方を決める傾向も強くなるので,望ましい集団の中で成長することが大切な時期 である。また,自然や崇高なものとのかかわりにおいては,不思議さやすばらし さに感動する心が一層はぐくまれる。 この時期の児童は,快活さと興味の拡大から回りの人々のことを考えずに自己 中心的な行動をしてしまう傾向があることから,自主性を尊重しつつ,特に自分 を内省できる力を身に付け,自分の特徴を自覚し,そのよい所を伸ばそうとする 意識を高めることが大切である。そして,特に相手の立場に立って考えることの 大切さを自覚させながら,集団での協同活動の仕方や仲間関係の在り方などにつ いて指導するとともに,社会規範や生活規範の意義についても適宜指導し,道徳 的に望ましい具体的な体験を日々の生活の場で行えるようにする配慮が求められ る。また,児童の間に個人差が目立ちはじめ,善悪の判断に基づく行動形成がで きるかどうかの重要な時期であるため,特に一人一人をよく観察して,道徳的価 値の自覚を深めるための適切な指導を行うよう留意する必要がある。 ウ 高学年 この時期の児童は,知的な能力においては,抽象的,論理的に思考する力が増 し,行為の結果とともに行為の動機をも十分に考慮できるようになる。それは, 相手の身になって人の心を思いやる共感能力の発達を示すものである。それらに あわせて,共によりよく生きようとする力が引き出されてくる。 また,この時期の児童の価値観は,理想主義的な傾向が強く,自分の価値判断 --22/128-- -19- に固執しがちである。そして,自律的な態度が発達し,自分の行為を自分の判断 で決定しようとするのに伴い,責任感が強くなり,批判力も付いてくる。異性に 対しては,対立的にではなく,積極的な興味を抱くようになる。多様な体験を通 して協同的な態度を引き出すことができる。 集団や社会とのかかわりでは,属している集団や社会における自分の役割や責 任などについての自覚が深まっていく。この傾向は,第6学年の児童が最上級生 として校内における集団生活のリーダーの体験をもつことによって,一層強めら れる。なお,仲間集団は,開放的で柔軟なものへと変化する傾向があり,活動の 場を広げていく。また,自然や崇高なものとのかかわりにおいては,環境保護な どに目を向けるとともに,人間の力を超えたものへの畏敬の念も培われてくる。 い 教師は,児童の自律的な傾向を適切に育てるように配慮しなければならない。 特に社会的な認識能力が発達するにつれ,より広い立場から民主的な社会を維持 し発展させるための基本的な価値観と規範意識を養い,国家・社会の一員として の自覚を育てる必要がある。また,国際的な視点でものごとをとらえるとともに, 日本の伝統と文化を尊重する態度の育成が求められる。その際,特に,自己に対 する肯定的な自覚を促し,この時期の特徴である理想主義的な思考を大切にして 未来への夢や希望をはぐくむことができるよう,道徳的価値の自覚を深める指導 を工夫する必要がある。 3 児童を取り巻く社会の変化と道徳教育 このような児童の道徳性の発達は,また,児童を取り巻く社会の影響を大きく受け る。現代の社会は,科学技術の進歩・発展が人間の生活に多大の恩恵をもたらす一方 で,それを活用する人間の側の問題から様々な影響も出てきているといわれる。特に 今日の変動の激しい社会においては,児童の自然な道徳性の発達を阻害している現象 も多く指摘される。学校における道徳教育は,それらへの対応をいかに行うかが大き な課題になる。特に考慮しなければならないこととして,次のような事柄があげられ る。 (1) 社会全体のモラルの低下への対処 まず,児童が感化され影響を強く受ける社会全体のモラルが低下していることであ る。児童の道徳性の育成に,大きな影響を与えている社会的風潮として次のようなも のがあげられる。 ア 社会全体や他人のことを考えず,専ら個人の利害損得を優先させる。 イ 他者への責任転嫁など,責任感が欠如している。 --23/128-- -20- ウ 物や金等の物質的な価値や快楽が優先される。 エ 夢や目標に向けた努力,特に社会をよりよくしていこうとする真摯な努力が軽 し 視される。 オ じっくりと取り組むことなどのゆとりの大切さを忘れ,目先の利便性や効率性 を重視する。 このような社会的風潮は,社会全体の規範意識を低下させ,それが児童の豊かな心 の成長にも影を落とし,児童が本来もっている人間としてよりよく生きようとする力 をも弱めさせかねない状況にある。これらの問題を直視し,その改善に努めるととも に,子どもが多様な人々との豊かなかかわりの中で健全な心がはぐくまれるように努 める必要がある。 (2) 家庭や地域社会の教育機能の低下への対処 第2は,家庭や地域社会が今日に至るまでに果たしてきた教育機能を著しく弱めて いることである。このことは,上記の社会的風潮の変化と密接にかかわっている。 すなわち,基本的なしつけや人間としてしてはならないことへの指導や善悪の判断, そして思いやりや譲り合いの精神などは,本来家庭や地域ではぐくまれてきた。しか し,大人には自信をもってそれらを子どもに伝え教えることを躊 躇する傾向も見ら ちゅうちょ れる。今日の家庭においては,少子化,核家族化が進み,兄弟姉妹間の切磋琢磨の機 会の減少,親による過保護の傾向,我が子への過度な期待などが,子どもの基本的な 生活習慣の確立,自制心や規範意識の醸成,生活の自立や社会的自立に向けての成長 などを阻む要因にもなっている。また,産業構造の変化や都市化などにより地域に根 ざした共同体も弱体化の方向へと加速し,子どもを社会の一員として見守り,育てる 力が弱まっている。 家庭や地域社会の現状を踏まえつつ,社会全体で子どもの成長を見守り,心を豊か にはぐくんでいく必要がある。 (3) 社会体験,自然体験の不足への対応 第3は,児童の社会体験や自然体験,親や教師以外の地域の大人や異年齢の子ども たちとの交流の場が著しく不足していることである。情報通信の発達やライフスタイ ルの変化などの社会の変化に伴って,そのような直接体験が著しく減少しつつある。 現代社会は物が豊富にあり,工業製品などが生活のあらゆる面に浸透し,個人主義 的風潮が強まっている。児童の道徳性は,豊かなかかわりを通してはぐくまれるが, そのかかわりに極端な偏りがあるといわれる。また,人工的・機械的なものとのかか わりを深めても道徳性はなかなかはぐくまれにくいという特性がある。豊かな道徳性 の育成には,直接,人と人とが触れ合い高め合う機会になる集団宿泊活動やボランテ ィア活動,自然や生き物とのかかわりを深める自然体験活動などの体験を充実させる ことが不可欠である。学校や地域社会などにおいては,このような価値ある体験の機 --24/128-- -21- 会を意図的につくっていくことが期待されている。 (4) 社会の変化に伴う様々な課題への対処 第4は,少子高齢化,情報化,国際化などの社会の変化が急速に進んでいることで ある。 例えば,少子化の進行により人口が減少し,若年者の割合が低下する一方で超高齢 社会を迎えている。また,インターネットや携帯電話等を通じたコミュニケーション が更に進む一方で,その影の部分への対応も課題となっている。更には,グローバル 化が一層進む中で,異文化との共生がより強く求められるようになる。このほか,地 球温暖化問題をはじめとする様々な環境問題の複雑化,深刻化,産業構造や雇用環境 の変化といった社会状況への対応も必要である。 我が国の社会を公正で活力あるものとして持続的に発展させるためには,人々の意 識や社会のシステムにおいて,社会・経済的な持続可能性とともに,人として他と調 和して共に生きることの喜びや,そのために必要とされる倫理なども含めた価値を重 視していくことが求められている。 これからの学校における道徳教育は,こうした課題を視野に入れ,児童が夢や希望 をもって未来を拓き,一人一人の中に人間としてよりよく生きようとする力が育成さ ひら れるよう,一層の充実が図られなければならない。 --25/128-- -22- 第2章 道徳教育の目標 第1節 道徳教育と道徳の時間 (小学校学習指導要領「第1章 総則」の「第1 教育課程編成の一般方針」の 2前段) 2 学校における道徳教育は,道徳の時間を要 として学校の教育活動全体を通 かなめ じて行うものであり,道徳の時間はもとより,各教科,外国語活動,総合的な 学習の時間及び特別活動のそれぞれの特質に応じて,児童の発達の段階を考慮 して,適切な指導を行わなければならない。 学校における道徳教育は,豊かな心をはぐくみ,人間としての生き方の自覚を促し, 道徳性を育成することをねらいとする教育活動であり,社会の変化に主体的に対応し て生きていくことができる人間を育成する上で重要な役割をもっている。 道徳教育は,各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動のそれぞれの 特質に応じて行うとともに,あらゆる教育活動を通じて,適切に行われなくてはなら ない。その中で,道徳の時間は,後述するように各活動における道徳教育の「 要 」 かなめ として,それを補充し,深化し,統合する役割を果たす。いわば,扇の 要 のように かなめ 道徳教育の要所を押さえて中心で留めるような役割をもつといえる。したがって,各 教育活動での道徳教育がその特質に応じて効果的に推進され,相互に関連が図られる とともに,道徳の時間において,各教育活動での道徳教育が調和的に生かされ,道徳 の時間としての特質が押さえられた学習が計画的,発展的に行われることによって, 児童の道徳性は一層豊かにはぐくまれていく。 また,学校における道徳教育は,幼児期の指導から小学校,中学校へと,各学校段 階における幼児児童生徒が見せる成長発達の様子やそれぞれの段階の実態等を考慮し て,適切に指導を進めなくてはならない。その中で,小学校の時期においては,6年 間の発達の段階を考慮するとともに,幼児期の発達の段階を踏まえ,中学校の発達の 段階への成長の見通しをもって,小学校の時期にふさわしい指導の目標を明確にし, 指導内容や方法を生かして,計画的に進めることが必要である。 --26/128-- -23- 第2節 道徳教育の目標 (「第1章 総則」の「第1 教育課程編成の一般方針」の2 中段) 道徳教育は,教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づ き,人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その他社会におけ い る具体的な生活の中に生かし,豊かな心をもち,伝統と文化を尊重し,それら をはぐくんできた我が国と郷土を愛し,個性豊かな文化の創造を図るとともに , 公共の精神を尊び,民主的な社会及び国家の発展に努め,他国を尊重し,国際 社会の平和と発展や環境の保全に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成 ひら するため,その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。 (「第3章 道徳」の「第1 目標」 前段) 道徳教育の目標は,第1章総則の第1の2に示すところにより,学校の教育 活動全体を通じて,道徳的な心情,判断力,実践意欲と態度などの道徳性を養 うこととする。 道徳教育の目標については,学習指導要領「第1章 総則」の第1の2の中段部分 にその理念を具体的に示し,それを受けて「第3章 道徳」の「第1 目標」で,道 徳性の諸様相を示している。これらに示された道徳教育の目標は,学校における全体 的な道徳教育の目標である。各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動 などの指導を通じて行う道徳教育も,道徳教育の 要 としての道徳の時間の指導も, かなめ 常にこの目標を目指して行われる。 学校における道徳教育の目標は,教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根 本精神に基づいて設定されている。いうまでもなく,教育基本法や学校教育法は,日 本国憲法に掲げられた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに,世界の平和 と人類の福祉の向上に貢献する国民の育成を目指す我が国の教育の在り方を示したも のである。そのことを実現するのが道徳教育であり,そのために特に重視しなければ ならないことが目標として示されている。 なお,道徳教育の目標は,教育全体の目標にも通じるものであるため,固有の目標 として「その基盤としての道徳性を養うこと」と規定し,道徳教育の役割が道徳性の 育成にあることを明示している。 (1) 人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を培う い --27/128-- -24- 人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念とが併記されているのは,人間尊重の精神 い が生命に対する畏敬の念に根ざすことによって,より深まりと広がりをもってとらえ い られるからである。 人間尊重の精神は,道徳教育の目標の中で一貫して述べられていることであり,生 命の尊重,人格の尊重,人権の尊重,人間愛などの根底を貫く精神である。日本国憲 法に述べられている「基本的人権の尊重」や,教育基本法に述べられている「人格の 完成」,さらには,国際連合教育科学文化機関憲章(ユネスコ憲章)にいう「人間の 尊厳」の精神も根本において共通するものである。 民主的な社会においては,人格の尊重は,自己の人格のみではなく,他の人々の人 格をも尊重することであり,また,権利の尊重は,自他の権利の主張を認めるととも に,権利の尊重を自己に課するという意味で,互いに義務と責任を果たすことを求め るものである。しかもこれらは,相互に人間を尊重し信頼し合う人間愛の精神によっ て支えられていなければならない。 このように,児童の内面的な人格の目覚めを普遍的な人間愛の精神へと高めると同 時に,それを具体的な人間関係の中で,日々の実践的態度として伸ばし,それによっ て人格の内面的充実を図るという趣旨に基づいて,広く「人間尊重の精神」という言 葉を使っている。 生命に対する畏敬の念は,人間の存在そのものあるいは生命そのものの意味を深く い 問うときに求められる基本的精神であり,生命のかけがえのなさに気付き,生命ある ものを慈しみ,畏れ,敬い,尊ぶことを意味する。このことにより人間は,自他の生 おそ 命の尊さや生きることのすばらしさの自覚を深めることができる。 また,ここでいう生命は,人間のみではなく,すべての生命を含んでいる。生命に 対する畏敬の念に根ざした人間尊重の精神を培うことによって,人間の生命があらゆ い る生命との関係や調和の中で存在し生かされていることを自覚できる。そして更に, 生命あるものすべてに対する感謝の心や思いやりの心をはぐくみ,より深く自己を見 つめながら,人間としての在り方や生き方の自覚を深めていくことができる。子ども の自殺やいじめにかかわる問題,環境の問題などを考えるとき,このことが一層重要 になる。 (2) 豊かな心をはぐくむ 道徳教育は,子どもたち一人一人が人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を培い, い それらを家庭,学校,その他社会における具体的な生活の中に生かすことができるよ うにしなければならない。例えば,困っている人がいれば優しく声をかける,ボラン ティア活動など人の役に立つことを進んで行う,喜びや感動を伴って植物や動物を育 てる,日常生活の中で少しでも自分をよくしていこうと心掛け,自分の成長を素直に 喜ぶ,人の喜びや悲しみを共有することができる,美しいものを美しいと感じること --28/128-- -25- ができるなど,日常生活において豊かな心をはぐくみ,それらを通して人間としての 心の基本である道徳的価値を身に付け,固有の人格を形成していくことができるよう にするのが道徳教育である。 (3) 伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛し,個性豊かな 文化の創造を図る人間を育成する 道徳教育の目標には,伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土 を愛し,個性豊かな文化の創造を図ることが掲げられている。 個性豊かな新しい文化を生み出すには,古いものを改めていくことも大切であるが, 先人の残した有形無形の文化的遺産の中に優れたものを見いだし,それを継承し発展 させることが必要である。先人の残した優れた文化的業績とそれを生み出した精神に 学び,自らを向上させていくことによって,よりよく生きたいという人間の個人的, 社会的な願いを,より広い世代の共感を伴って実現することができる。 また,これからの国際社会の中で主体性をもって生きていくには,鋭い国際感覚を もち,広い国際的視野に立ちながらも,自己がよって立つ基盤にしっかりと根を下ろ していることが必要である。すなわち,我が国や郷土の伝統と文化に対する関心や理 解を深め,それを尊重し,継承・発展させる態度を育成するとともに,それらをはぐ くんできた我が国と郷土への親しみや愛着の情を深め,そこにしっかりと根を下ろし, 世界と日本とのかかわりについて考え,日本人としての自覚をもって,新しい文化の 創造と社会の発展に貢献しうる能力や態度が養われなければならない。 (4) 公共の精神を尊び,民主的な社会及び国家の発展に努める人間を育成する 公共の精神を尊び,民主的な社会及び国家の発展に努める人間の育成も,道徳教育 の重要な目標である。人間は個としての尊厳を有するとともに,集団や社会を形成す る社会的存在でもある。それぞれの個を生かし,よりよい集団や社会を形成していく ためには,個としての尊厳とともに社会全体の利益を図ろうとする公共の精神が必要 である。 また,民主主義の精神は,国民主権,基本的人権の尊重,自由,平等などの実現に よって達成することができる。これらが,法によって規定され保障されることによっ てのみ維持されるだけならば,一人一人の日常生活の中で真に主体的なものとして確 立されたことにはならない。それらは,一人一人の道徳的自覚によってはじめて達成 されるものである。 したがって,道徳教育においては,法律的な規則やきまりそのものを取り上げるだ けでなく,それらの基盤となっている道徳的な生き方を問題にするという点に留意す る必要がある。 (5) 他国を尊重し,国際社会の平和と発展や環境の保全に貢献する人間を育成する 教育基本法の前文に述べられているように,「世界の平和と人類の福祉の向上に貢 --29/128-- -26- 献する」ことは,日本国憲法において定められた国民の決意である。 平和は,人間の心の内に確立すべき道徳的課題でもある。日常生活の中で社会連帯 の自覚に基づき,あるゆる時と場所において自他協同の場を実現していく努力こそ, 民主的で平和的な社会及び国家を実現する根本である。また,環境問題が深刻な問題 となる中で,環境保全に努めることが重要な課題となっている。そのためにも,自然 や生命に対する感受性や,身近な環境から地球規模の環境への豊かな想像力,それを 大切に守ろうとする態度が養われなければならない。 このような努力や心構えを,広く国家間ないし国際社会に及ぼしていくことが他国 を尊重することにつながり,国際社会に平和をもたらし,人類の福祉の向上や環境の 保全に貢献することになる。 (6) 未来を拓く主体性のある日本人を育成する ひら 道徳教育は,人間として自らの人生をどう生きるかを一人一人に問い掛けるもので ある。そのことを通して,未来に夢や希望をもち,自らの人生や新しい社会を切り拓 ひら く力を身に付けられるようにしていかなければならない。そして,社会の変化に主体 的に対応できるとともに,国際社会において自らの役割と責任を果たすことができる 日本人となることが求められる。 未来を拓く主体性のある人間とは,常に前向きな姿勢で未来に夢や希望をもち,自 ひら 主的に考え,自律的に判断し,決断したことは積極的にしかも誠実に実行し,その結 果について責任をとることができる人間である。このことは,人間としての在り方の 根本にかかわるものであるが,ここで特に日本人と示しているのは,日本人としての 自覚をもって新しい文化の創造と民主的な社会の発展に貢献するとともに,国際的視 野に立って世界の平和と人類の幸福に寄与し,世界の人々から信頼される人間の育成 を目指しているからである。 (7) その基盤としての道徳性を養う 道徳教育は,以上のような資質を支える基盤となる道徳性を養うことを目標として いる。 「第3章 道徳」の「目標」では,そのことを「道徳的な心情,判断力,実践意欲 と態度などの道徳性を養う」と示している。道徳性は,既に述べたように,様々な側 面からとらえることができるが,学校における道徳教育においては,各教育活動の特 質に応じて,特に道徳性を構成する諸様相である道徳的心情,道徳的判断力,道徳的 実践意欲と態度などを養うことを求めている。 道徳的心情は,道徳的価値の大切さを感じ取り,善を行うことを喜び,悪を憎む感 情のことである。人間としてのよりよい生き方や善を志向する感情であるともいえる。 それは,道徳的行為への動機として強く作用するものである。 道徳的判断力は,それぞれの場面において善悪を判断する能力である。つまり,人 --30/128-- --30/128-- -27- 間として生きるために道徳的価値が大切なことを理解し,様々な状況下において人間 としてどのように対処することが望まれるかを判断する力である。的確な道徳的判断 力をもつことによって,それぞれの場面において機に応じた道徳的行為が可能になる。 道徳的実践意欲と態度は,道徳的心情や道徳的判断力によって価値があるとされた 行動をとろうとする傾向性を意味する。道徳的実践意欲は,道徳的心情や道徳的判断 力を基盤とし道徳的価値を実現しようとする意志の働きであり,道徳的態度は,それ らに裏付けられた具体的な道徳的行為への身構えということができる。 また,このほかに,道徳的習慣などがある。道徳的習慣は,長い間繰り返して行わ れているうちに習慣として身に付けられた望ましい日常的行動の在り方であり,その 最も基本となるものが基本的な生活習慣と呼ばれている。これがやがて,第二の天性 とも言われるものとなる。道徳性の育成においては,道徳的習慣をはじめ道徳的行為 の指導も重要である。 これらの道徳性の諸様相は,それぞれが独立した特性ではなく,相互に深く関連し ながら全体を構成しているものである。したがって,これらの諸様相が全体として密 接な関連をもつように指導することが大切である。そして,道徳的行為が児童自身の 内面から自発的,自律的に生起するよう道徳性の育成に努める必要がある。 --31/128-- -28- 第3節 道徳の時間の目標 (「第3章 道徳」の「第1 目標」 後段) 道徳の時間においては,以上の道徳教育の目標に基づき,各教科,外国語活 動,総合的な学習の時間及び特別活動における道徳教育と密接な関連を図りな がら,計画的,発展的な指導によってこれを補充,深化,統合し,道徳的価値 の自覚及び自己の生き方についての考えを深め,道徳的実践力を育成するもの とする。 道徳の時間の目標は,学校の全教育活動を通じて行う道徳教育の目標をそのまま受 け継いでいる。そして,さらに,道徳の時間以外における道徳教育と密接な関連を図 りながら,計画的,発展的な指導によって,それらを補充,深化,統合し,道徳的価 値の自覚及び自己の生き方についての考えを深め,道徳的実践力を育成することが目 標として挙げられている。 各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動では,それぞれの目標に基 づいて教育活動が営まれている。これら各教科等で行われる道徳教育は,それぞれの 特質に応じた計画によってなされるものであり,道徳的価値の全体にわたって行われ るものではない。このことに留意し,道徳教育の 要 である道徳の時間の目標と特質 かなめ をとらえることが大切である。 (1) 計画的,発展的に指導する 道徳の時間の大きな特徴は,学校の教育活動全体で行う道徳教育との関連を明確に し,児童の発達の段階に即しながら,「第3章 道徳」の「第2 内容」に示された 基本的な道徳的価値の全体にわたって計画的,発展的に指導するところにある。その ためには,学校が,地域や学校の実態及び児童の発達の段階や特性を考慮し,教師の 創意工夫を加えて,「第2 内容」のすべてについて確実に指導することができる見 通しのある計画をもつ必要がある。 (2) 学校の教育活動全体で行う道徳教育を補充,深化,統合する 「第1章 総則」に示されているとおり,道徳の時間は,各教科,外国語活動,総 合的な学習の時間及び特別活動など学校の教育活動全体を通じて行われる道徳教育の 要 の時間としての役割を担っている。すなわち,各教育活動において行われる道徳 かなめ 教育を,全体にわたって調和的に補充,深化,統合する時間である。 児童は,学校の諸活動の中で多様な道徳的価値について感じたり考えたりするが, そのすべてについて考える機会があるとは限らない。道徳の時間は,このように学校 --32/128-- -29- の諸活動で考える機会を得られにくい道徳的価値などについて補充する役割がある。 また,体験の中では道徳的価値の意味などについて必ずしもじっくりと考え,深める ことができているとは限らない。道徳の時間は,このように道徳的価値の意味やそれ と自己とのかかわりについて一層考えを深化させる役割を担っている。更に,多様な 道徳的体験をしていたとしても,それぞれがもつ道徳的価値の相互の関連や,自己と のかかわりにおいての全体的なつながりなどについて考えないままに過ごしてしまう ことがある。道徳の時間は,それらを統合し,児童に新たな感じ方や考え方を生み出 すというような役割もある。 このことを児童の立場から見ると,道徳の時間は,各教科,外国語活動,総合的な 学習の時間及び特別活動などで学習した道徳的諸価値を,全体にわたって人間として の在り方や生き方という視点からとらえなおし,自分のものとして発展させていこう とする時間ということになる。 (3) 道徳的価値の自覚及び自己の生き方についての考えを深める 道徳的価値の自覚については,発達の段階に応じて多様に考えられるが,例えば, 次の三つの事柄を押さえておくことが考えられる。一つは,道徳的価値についての理 解である。道徳的価値が人間らしさを表すものであるため,同時に人間理解や他者理 解を深めていくようにする。二つは,自分とのかかわりで道徳的価値がとらえられる ことである。そのことにあわせて自己理解を深めていくようにする。三つは,道徳的 価値を自分なりに発展させていくことへの思いや課題が培われることである。その中 で自己や社会の未来に夢や希望がもてるようにする。 なかでも,人格の基盤を形成する小学校の段階においては,児童が道徳的価値の自 覚を深め,自己の中に形成された道徳的価値を基盤として,自己の生き方についての 考えを深めていくことができるようにすることが大切である。児童は,道徳的価値の 自覚を深める過程で同時に自己の生き方についての考えも深めているが,特にそのこ とを強く意識して指導することが重要である。 例えば,まず,児童がよりよくなろうとする自分を感じ,自己を肯定的に受け止め られるようにする。また,他者とのかかわりや身近な集団の中で自分の特徴などを知 り,伸ばしたい自己を深く見つめられるようにする。それとともに,現在の生活及び 将来の生き方の課題を考え,それを自己の生き方として実現していこうとする思いや 願いを深めることができるようにする。 道徳の時間においては,これらのことが,児童の実態に応じて主体的になされるよ うに様々に指導を工夫していく必要がある。 なお,このことは中学校段階において,道徳的価値の自覚及びそれに基づいた人間 としての生き方についての自覚を深めることに発展していく。 (4) 道徳的実践力を育成する --33/128-- -30- 道徳的実践力とは,人間としてよりよく生きていく力であり,一人一人の児童が道 徳的価値の自覚及び自己の生き方についての考えを深め,将来出会うであろう様々な 場面,状況においても,道徳的価値を実現するための適切な行為を主体的に選択し, 実践することができるような内面的資質を意味している。それは,主として,道徳的 心情,道徳的判断力,道徳的実践意欲と態度を包括するものである。 本来,道徳的実践は,内面的な道徳的実践力が基盤になければならない。道徳的実 践力が育つことによって,より確かな道徳的実践ができるのであり,そのような道徳 的実践を繰り返すことによって,道徳的実践力も強められるのである。道徳教育は, 道徳的実践力と道徳的実践の指導が相互に響き合って,一人一人の道徳性を高めてい くものでなければならない。 したがって,道徳的実践力を育てることを目的とする道徳の時間においては,その 特質を十分に理解して,教師の一方的な押し付けや単なる生活経験の話合いなどに終 始することのないよう特に留意し,それにふさわしい指導の計画や方法を講じ,指導 の効果を高める工夫をすることが大切である。道徳的実践力は,徐々に,しかも,着 実に養われることによって,潜在的に,持続的な作用を行為や人格に及ぼすものであ るだけに,長期的展望と綿密な計画に基づいた丹念な指導がなされなければならない。 --34/128-- -31- 第4節 道徳教育推進上の基本的配慮事項 (「第1章 総則」の「第1 教育課程編成の一般方針」の2 後段) 道徳教育を進めるに当たっては,教師と児童及び児童相互の人間関係を深め るとともに,児童が自己の生き方についての考えを深め,家庭や地域社会との 連携を図りながら,集団宿泊活動やボランティア活動,自然体験活動などの豊 かな体験を通して児童の内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しな ければならない。その際,特に児童が基本的な生活習慣,社会生活上のきまり を身に付け,善悪を判断し,人間としてしてはならないことをしないようにす ることなどに配慮しなければならない。 学習指導要領「第1章 総則」の第1の2の後段においては,道徳教育を推進する に当たっての基本的な配慮事項について示している。各学校においては,このことに ついて確認し,配慮しながら進めることが大切である。 (1) 教師と児童及び児童相互の人間関係を深める 教育は,教師と児童との人格の触れ合いがその前提となる。道徳教育を進めるに当 たっては,教師と児童の信頼関係や児童相互の好ましい人間関係が確立し,学級の雰 囲気も温かく,児童が安心して学習できる環境がなければ実質的な効果は期待できな い。この点については日ごろから十分配慮する必要がある。その際,教師は,児童と 共に考え,悩み,感動を共有していくという姿勢で指導に当たることが大切である。 (2) 自己の生き方について考えを深められるようにする 小学校における道徳教育では,児童が発達の段階に即して自己の生き方について考 えを深めることができるようにすることが大切である。例えば,児童は日々の生活の 中で,自分を振り返り,自分のよさについて考え,自立した生活をつくろうとする。 また,受け止めた自分らしさを踏まえて,これからの自分に夢や希望をもち,社会的 自立に向けてよりよい生き方をしようとする。そのために,道徳の時間はもとより, 毎日の生活や学習においても,自分の日常の姿を振り返ったり,伸ばしたい自己像や 自己目標などを意識したりする機会を充実していくことが望まれる。 (3) 家庭や地域社会との連携を図る 道徳教育は,学校,家庭,地域社会においてそれぞれ行われるものであるが,道徳 教育の目標等について三者で共有されていなければ,その成果をあげることはできな い。特に日常生活における道徳的実践を促すためには,学校生活と家庭や地域での生 活との関連に着眼することが重要であり,学校と家庭や地域社会との連携を密にし, --35/128-- -32- 保護者や地域の人々との共通理解を深め,相互の協力によって道徳教育の充実が図ら れるようにしていく必要がある。 (4) 豊かな体験を通して内面に根ざした道徳性の育成を図る 集団生活を通して協力して役割を果たすことの大切さなどを考える集団宿泊活動, 社会の一員であるという自覚と互いが支え合う社会の仕組みを考え,自分自身をも高 めるためのボランティア活動,自然や動植物を愛し,大切にする心を育てるための自 然体験活動など,様々な体験活動の充実が求められている。各学校においては,学校 の教育活動全体において各学校の実態や児童の興味・関心を考慮し,広い意味での豊 かな体験をさせることを通して自然な形で児童の内面に根ざした道徳性が育成される ようにすることが大切である。 (5) 小学校の時期における発達の段階に即した指導を充実する このような指導の中で,特に小学校の時期においては,例えば,低学年の段階から, あいさつや整理整頓,食事の仕方などの基本的な生活習慣を身に付け,善悪について とん しっかりと判断し,人とのかかわりの中で,うそをつかない,人を傷つけない,人の ものを盗まないなど,人間としてしてはならないことがあることを知り,それを絶対 にしないようにすることなど,発達の段階に応じた指導すべき事柄について明確にし, 配慮していくことが大切である。 --36/128-- -33- 第3章 道徳の内容 第1節 内容の基本的性格 (「第3章 道徳」の「第2 内容」冒頭) 道徳の時間を 要 として学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の内容は,次の かなめ とおりとする。 道徳の内容について,学習指導要領第3章の第2では,上記のように示した上で,各内 容項目を示している。 1 内容のとらえ方 学習指導要領「第3章 道徳」の「第2 内容」は,教師と児童とが人間としての よりよい生き方を求め,共に考え,共に語り合い,その実行に努めるための共通の課 題である。学校の教育活動全体の中で,様々な場や機会をとらえ,多様な方法によっ て進められる学習を通して,児童自らが調和的な道徳性をはぐくむためのものである。 学習指導要領には,それぞれの発達の段階や道徳的課題を考慮し,児童が人間とし て生きていくうえで主体的に学ぶべき内容として,その基本的なものが示されている。 学校における道徳教育は,道徳の時間を 要 として,全教育活動において,児童一人 かなめ 一人の道徳性の育成を図るものである。したがって,道徳の内容は,児童自らが成長 を実感でき,これからの課題や目標を見付けられるような工夫のもとに,道徳の時間 はもとより,各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動で行われる道徳 教育において,それぞれの特質に応じて適切に指導されなければならない。 ここに挙げられている内容項目は,小学校の6年間に児童が自覚を深め自分のもの として身に付け発展させていく必要がある道徳的価値を含む内容を,短い文章で平易 に表現したものである。それらの内容項目は,児童自らが道徳性を発展させていくた めの窓口ともいうべきものである。したがって,各内容項目を児童の実態を基に把握 し直し,指導上の課題を児童の側から具体的にとらえ,児童自身が道徳的価値の自覚 及び自己の生き方についての考えを深め発展させていくことができるよう,実態に見 合った指導をしていくことが大切である。 --37/128-- -34- 2 内容構成の考え方 (1) 四つの視点 「第2 内容」は,道徳教育の目標を達成するために指導すべき内容項目を四つの 視点から,「第1学年及び第2学年」,「第3学年及び第4学年」,「第5学年及び第6 学年」に分けて示している。 すなわち道徳の内容は,児童の道徳性を次の四つの視点からとらえ,その視点から 内容項目を分類整理し,内容の全体構成及び相互の関連性と発展性を明確にしている のである。 1 主として自分自身に関すること。 2 主として他の人とのかかわりに関すること。 3 主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること。 4 主として集団や社会とのかかわりに関すること。 人々は様々なかかわりの中で生存し,そのかかわりにおいて様々な側面から道徳性 を発現させ,身に付け,人格を形成する。 1の視点は,自己の在り方を自分自身とのかかわりにおいてとらえ,望ましい自己 の形成を図ることに関するものである。2の視点は,自己を他の人とのかかわりの中 でとらえ,望ましい人間関係の育成を図ることに関するものである。3の視点は,自 己を自然や美しいもの,崇高なものとのかかわりにおいてとらえ,人間としての自覚 を深めることに関するものである。4の視点は,自己を様々な社会集団や郷土,国家, 国際社会とのかかわりの中でとらえ,国際社会に生きる日本人としての自覚に立ち, 平和的で文化的な社会及び国家の成員として必要な道徳性の育成を図ることに関する ものである。 この四つの視点は,相互に深い関連をもっている。自律的な人間であるためには, 1の視点の内容が基盤となって,他の三つの視点の内容にかかわり,再び1の視点に 戻ることが必要になる。また,2の視点の内容が基盤となって4の視点の内容に発展 する。さらに,1及び2の視点から自己の在り方を深く自覚すると,3の視点がより 重要になる。そして,3の視点から4の視点の内容をとらえることにより,その理解 は一層深められる。 したがって,各学年段階においては,このような関連を考慮しながら,四つの視点 に含まれるすべての内容項目について適切に指導しなければならないのである。 (2) 児童の発達的特質に応じた内容構成の重点化 道徳の内容項目は,「第1学年及び第2学年」が16項目,「第3学年及び第4学 年」が18項目,「第5学年及び第6学年」が22項目にまとめられている。 --38/128-- -35- それらは,小学校の6年間及び中学校の3年間を視野に入れ,児童の道徳的心情の 発達,道徳的価値を認識できる能力の程度や社会認識の広がり,生活技術の習熟度及 び発達の段階などを考慮し,最も指導の適時性のある内容項目を学年段階ごとに精選 し,重点的に示したものである。したがって,各学年段階の指導においては,常に全 体の構成や発展性を考慮して指導していくことが大切である。 内容項目の学年段階ごとの発展性には,次のような三つの形態がある。 ア 最初の段階から継続的,発展的に取り上げられるもの。 イ 学年段階が上がるにつれて新たに加えられるもの。 ウ 学年段階が上がるにつれて統合・分化されていくもの。 なお,指導する学年段階に示されてはいない内容について指導の必要があるときは, 他の学年段階に示す内容を踏まえた指導や,その学年段階の他の関連の強い内容項目 にかかわらせた指導などについて考えることが重要である。 また,以上の趣旨を踏まえた上で,特に必要な場合は,他の学年段階の内容項目を 加えることはできるが,当該学年段階の内容項目の指導を全体にわたって十分行うよ う配慮する必要がある。 3 内容の取扱い方 第2に示す内容項目は,関連的,発展的にとらえ,計画作成や指導に際して重点的 な扱いを工夫してこそ,その効果を高めることができる。 (1) 関連的,発展的な取扱いの工夫 ア 関連性をもたせる 具体的な場で道徳的行為がなされる場合,「第2 内容」に示されている一つ の内容項目だけが単独に作用するということはほとんどない。そこでは,ある内 容項目を中心として,同一視点内及び他の視点にある幾つかの内容項目が関連し 合っている。例えば「第5学年及び第6学年」の場合であれば,2の(1)「礼儀 正しく真心をもって接する」ためには,2の(2)「だれに対しても思いやりの心 をもち,相手の立場に立つ」ことが必要であるし,また,4の(4)「社会に奉仕 する喜びを知って公共のために役に立つことをする」ことは,2の(5)「日々の 生活が人々の支え合いや助け合いで成り立っていることに感謝し,それにこたえ る」ことと密接にかかわっている。 道徳の時間の指導に当たっては,項目間の関連を十分に考慮しながら,指導の 順序を工夫したり,内容の一部を関連付けたりして,実態に応じた適切な指導を 行うことが大切である。そして,各学年段階を通して,全部の内容項目が調和的 --39/128-- -36- にかかわり合いながら,児童の道徳性が高まっていくように工夫する必要がある。 イ 発展性を考慮する 「第1学年及び第2学年」と「第3学年及び第4学年」の内容項目は,すべて が「第5学年及び第6学年」の内容に発展・統合されるように構成されている。 先に挙げた各内容項目の発展性についての三つの形態を参考にし,低学年から中 学年,高学年への発展を考慮した指導を行う必要がある。 例えば,家族を愛する心を育てる内容については,第1学年から第6学年まで 一貫して父母,祖父母を敬愛する態度を養い,「第1学年及び第2学年」では, 「進んで家の手伝いなどをして,家族の役に立つ喜びを知る」こと,「第3学年 及び第4学年」では,「家族みんなで協力し合って楽しい家庭をつくる」こと, 「第5学年及び第6学年」では,「家族の幸せを求めて,進んで役に立つことを する」ことを強調している。このように,児童の発達に応じて,家族とのかかわ りを徐々に深めて,家庭を担うものとして自覚ある行動ができるよう発展的に内 容項目を示している。 6年間を見通した発展性を十分に配慮した計画の下に,各学年段階において重 点化されている内容項目を適切に指導することが大切である。 (2) 各学校における重点的指導の工夫 各学校においては,児童や学校の実態,学校の特色などを考慮し,重点的指導を工 夫する必要がある。重点的指導とは,各学年段階で重点化されている内容項目の指導 において,学校で更に重点的に指導したい内容項目をその中から選び,多様な指導を 工夫することによって,内容項目全体の指導を一層効果的に行うことである。 この重点的指導については,以下に示すように,学校の教育活動全体で重点化を図 るものと,道徳の時間の指導の中で重点化を図るものなどが考えられるが,これらは 十分な関連が図られていなくてはならない。 なお,指導計画を作成する際に配慮したい内容の重点化については,第4章で述べ ることとする。 ア 学校の教育活動全体における指導 重点的指導は,学校全体で取り組む必要がある。そのためには,道徳教育の全 体計画の作成において,校長の方針の下に道徳教育推進教師を中心に全教師が協 力して児童や学校の実態,児童や保護者の意見等を把握し,学校全体における道 徳教育の重点目標を決めていくことが必要になる。また,それを具体的に指導し ていくための方針を各教育活動の特質を考慮して明確にしたり,各学年の重点目 標を設定したりすることなども求められる。これらを通して,より計画的な重点 的指導を推進することができるようになる。 イ 道徳の時間における指導 --40/128-- --40/128-- -37- 道徳の時間においては,各学年段階の内容項目について2学年間を見通した重 点的指導を工夫することが大切である。そのためには,道徳の時間の年間指導計 画の作成において,当該の学年段階に示される内容項目全体の指導を考慮しなが ら,重点的に指導しようとする内容項目についての扱いを工夫しなければならな い。例えば,その内容項目に関する指導について年間の授業時数を多く取り,各 教科等での指導との関連を図りながら一定の期間をおいて繰り返し取り上げたり, 一つの内容項目を何回かに分けて指導したり,幾つかの内容項目を関連付けて指 導したりすることができる工夫などが考えられる。このような工夫を通して,よ り児童の実態に応じた適切な指導を行う必要がある。 --41/128-- -38- 第2節 内容項目の指導の観点 「第2 内容」の学年段階ごとに示されている内容項目は,そのすべてが道徳の時 間を 要 として学校の教育活動全体を通じて行われる道徳教育における学習の基本と かなめ なるものである。それぞれの内容項目の発展性や特質及び児童の発達の段階などを全 体にわたって理解し,児童の学習が充実するようにしていく必要がある。その際,特 に留意すべき事柄や,児童の実態等に応じて指導をする際に参考としたい考え方等に ついて述べておく。 なお,記述に当たっては,その学年段階で初めて出てくる内容項目については,@ その内容項目と上の学年段階の内容項目との関連,A指導を行う全学年段階を通して 特に求められる指導の留意点,Bその学年段階で特に求められる指導の留意点につい て,段階ごとに示している。すでに前の学年段階で出ている内容項目については,B のみを記述している。またその際,例えば,「第1学年及び第2学年」を「第1・2 学年」,1の視点の(1)の内容項目については,「1の(1)」という形で表記している。 1 第1学年及び第2学年の内容 この段階においては,次の16の内容項目を示している。 1 主として自分自身に関すること (1) 健康や安全に気を付け,物や金銭を大切にし,身の回りを整え,わがままを しないで,規則正しい生活をする。 基本的な生活習慣を身に付け,節度のある生活ができる児童を育てようとする内容 項目である。主に,第3・4学年の1の(1)及び第5・6学年の1の(1)と深くかかわ っている。 この内容は,大きく二つからなる。一つ目は,基本的な生活習慣に関することであ る。小学校の時期に身に付けた基本的な生活習慣は生涯にわたってあらゆる行為の基 盤となり,気力と活力のあふれた生活をする上で欠くことのできないものとなる。こ のような態度の育成は,日常の様々な場面における具体的な指導の積み重ねによって 継続的に進めることが大切である。二つ目は,進んで自分の生活を見直し,思慮深く 考えながら自らを節制していくことである。自己の確立にとって,自分を客観的に見 つめ,内省することは不可欠な要素である。この部分は認識能力が向上する第3・4 --42/128-- -39- 学年の頃から本格化し,主体性のある自己の形成へとつながっていく。基本的な生活 習慣にかかわる指導を進めるに際しては,それを型の指導やその繰り返しだけにする のではなく,児童自身が内面からそうすることが望ましいことだと自覚し,節度ある 自制心が培われるように指導していくことが大切である。 この段階においては,特に健康や安全に気を付けること,物や金銭を大切にするこ と,身の回りを整えることなどの具体的な指導を進める必要がある。それとともに, わがままをしないで規則正しい生活をすることが自分にとって大切なことであり,そ のような生活が気持ちのよいことに気付かせ,基本的な生活習慣を確実に身に付ける ことができるようにする必要がある。 (2) 自分がやらなければならない勉強や仕事は,しっかりと行う。 勤勉に,くじけず努力し,自分を向上させる児童を育てようとする内容項目である。 主に,第3・4学年の1の(2)及び第5・6学年の1の(2),1の(3)と深くかかわっ ている。 児童が自立し,よりよく生きていくためには,自分がやらなければならないことは しっかりとやり抜くことが大切である。そこには,何事にも粘り強く取り組み,努力 し続ける忍耐力も求められる。しかし,それは見通しもなく取り組むのではなく,よ りよい自己を実現しようとする向上心と結び付いてこそ,前向きな自己の生き方が自 覚されてくるといえよう。そのためにも,児童がより高い目標を立てたり,自分とし ての夢や希望を掲げたりして,その達成や実現への志をもち,勇気をもって取り組む ことができるようにすることが重要になる。 この段階においては,やらなければならないことを素直に受け入れることが多いと いわれる。特に親や教師の励ましや賞賛,助言などの下に,この時期の基本的な課題 である勉強や自分のなすべき仕事を,自分でやるべきこととしてしっかりと行うこと ができるよう指導する必要がある。また,やり遂げたときの喜びや充実感を味わい, がんばることができた自分に気付くことができるようにすることが求められる。 (3) よいことと悪いことの区別をし,よいと思うことを進んで行う。 よいことあるいは正しいことについて的確に判断し,勇気をもって主体的に取り組 める児童を育てようとする内容項目である。主に,第3・4学年の1の(3)及び第5 ・6学年の1の(2),1の(3)と深くかかわっている。 人としてやってよいこと,社会通念としてしてはならないことをしっかりと区別し たり,判断したりする力は,児童が幼い時期から徹底して身に付けていくべきもので --43/128-- -40- ある。それとともに,より積極的で健康的な自己像を描くことができるようにするこ とが大切である。そのためには,何事にも積極的に取り組む姿勢が必要となるが,そ の原動力が勇気であると考えられる。ただし,それは,蛮勇ではなく,よいと思った り,正しいと判断したりできる力を伴った勇気でなくてはならない。特に価値観の多 様な社会を主体的に生きる上での基礎を培うために,よいことと悪いことの区別がで きるように指導しておくことは重要である。 この段階においては,まだ集団生活に慣れていないために,引っ込み思案になった りものおじしたりすることも少なくない。行ってよいこと,人間としてしてはならな いことが区別できる力を養うとともに,よいと思ったことは,遠慮しないで進んで行 うことができるよう励まし,援助し,一貫した方針をもって指導していくことが大切 である。 (4) うそをついたりごまかしをしたりしないで,素直に伸び伸びと生活する。 正直で誠実に,明るい心で楽しく生活する児童を育てようとする内容項目である。 主に,第3・4学年の1の(4)及び第5・6学年の1の(4)と深くかかわっている。 児童が積極的で健康的な自己像を描くには,自己の過ちを認め,改めていく素直さ をもつとともに,誠実さをもち,明るく楽しい生活を心掛けようとする姿勢をもつこ とが大切である。過ちや失敗はだれにも起こりうることである。そのときの自己保身 的なうそやごまかしは,あくまでも一時しのぎ的なものであり,真の解決には至らず, 他者の信頼を失うどころか,自分自身の中に後悔や自責の念,強い良心の呵責などが 生じる。それを乗り越えるのが正直な心であり,自分自身に対する真面目さであり, 伸び伸びと過ごそうとする心の明るさである。そのような誠実な生き方を大切にする 心を育てていくことが重要である。 この段階においては,特に叱られたり笑われたりすることから逃れるために,うそ をついたりごまかしをしたりして暗い心になることが少なくない。いけないことをし てしまったときには素直にその非を認め,あやまることができるとともに,人の失敗 を責めたり笑ったりしないようにし,正直で素直に伸び伸びと生活できる態度を養う ようにすることが求められる。 2 主として他の人とのかかわりに関すること (1) 気持ちのよいあいさつ,言葉遣い,動作などに心掛けて,明るく接する。 他の人とのかかわりにおける習慣の形成に関するものであり,状況をわきまえて心 --44/128-- -41- のこもった適切な礼儀正しい行為ができる児童を育てようとする内容項目である。主 に,第3・4学年の2の(1)及び第5・6学年の2の(1)と深くかかわっている。 礼儀は,相手の人格を尊重し,相手に対して敬愛する気持ちを具体的に示すことで あり,心と形が一体となって表れてこそその価値が認められる。つまり,礼儀とは, 心が礼の形になって表れることであり,礼儀正しい行為をすることによって,自分も 相手も気持ちよく過ごせるようになる。また,礼儀は,具体的には言葉遣い,態度や 動作として表現されるが,それは,人間関係や社会生活を円滑にするために創り出さ れた文化の一つであるということができる。よい人間関係を築くには,まず,気持ち のよい応対ができなければならない。それは,更に真心をもった態度と時と場をわき まえた態度へと深めていく必要がある。 この段階においては,特にはきはきとした気持ちのよいあいさつや言葉遣い,動作 などの具体的な指導を通して明るく接することのできる児童を育てることが大切であ る。身近な人々と明るく接する中で,気持ちよく感じる体験を数多くさせながら繰り 返し指導し,しっかりと身に付けさせるようにすることが求められる。 (2) 幼い人や高齢者など身近にいる人に温かい心で接し,親切にする。 他の人に接するときの基本的姿勢に関するものであり,相手に対する思いやりや親 切な心をもち実践のできる児童を育てようとする内容項目である。主に,第3・4学 年の2の(2)及び第5・6学年の2の(2)と深くかかわっている。 よい人間関係を築くには,相手に対する思いやりが不可欠である。思いやりとは, 相手の立場を推し量り,自分の思いを相手に向けることである。そして,それは,具 体的には温かく見守り,接することや,相手の立場に立った励ましや援助などを含む 親切な行為などとして表れることが期待される。特に学校においては,多様な人との 直接的なかかわり合いの機会を多くし,人間愛を根底とした思いやりや親切な行為の 意義を実感できる機会をつくっていくことが重要である。 この段階においては,身近な人に広く目を向け,温かい心で接し,親切にすること の大切さについて考えを深められるよう指導する必要がある。特に,身近にいる幼い 人や高齢者等との触れ合いの中で,相手のことを考え,優しく接し,具体的に親切な 行為ができるようにすることが求められる。 (3) 友達と仲よくし,助け合う。 友達関係において基本とすべき精神を述べたものであり,友達との間に信頼と友情 及び助け合いの精神をもった児童を育てようとする内容項目である。主に,第3・4 --45/128-- -42- 学年の2の(3)及び第5・6学年の2の(3)と深くかかわっている。 友達は家族以外で特にかかわりを深くもつ存在であり,遊び仲間などとして影響し 合いながら生活をしている。また,世代が同じ者同士として,似た体験や共通の話題, 互いの考え方などを交え,豊かに生きるための大切な存在として,成長とともにその 影響力を拡大させていく。このようなよい友達関係を築くには,互いを認め合い,学 習活動や生活の様々な場面を通して理解し合い,協力し,助け合い,信頼感や友情を はぐくんでいくことが大切である。 この段階においては,幼児期の自己中心性がまだ残り,友達の立場を理解したり自 分と異なる考えを受け入れたりすることは難しいことも多い。しかし,学級の生活を 共にしながら仲よく遊んだり,困っている友達のことを心配し助け合ったりする経験 を積み重ね,友達のよさをより強く感じるようになる。このことを踏まえ,特に身近 にいる友達と仲よく活動し,助け合うことの大切さを実感できるようにすることが重 要である。 (4) 日ごろ世話になっている人々に感謝する。 広く人々や自己の生活の成り立ちに対する尊敬と感謝の念をもった児童を育てようとす る内容項目である。主に,第3・4学年の2の(4)及び第5・6学年の2の(5)と深く かかわっている。 よい人間関係を築くためには,互いを認め合うことが大切であるが,その根底には,相 手に対する尊敬と感謝の念が必要である。人々に支えられ助けられて自分が存在するとい う認識に立つとき,相互に尊敬と感謝の念が生まれてくる。そして,それは,日々の生活, さらには自分が存在することに対する感謝へと広がり,生命尊重や人間尊重の精神を支え ることになる。さらに,人々や公共のために役に立とうとするところまで指導を深めてい くことが大切になる。 この段階においては,日常の指導などにおいて,身近で日ごろ世話になっている人々の 存在に気付き,それらの人々の善意に感謝する気持ちを具体的な言葉に表し,行動に表す 指導が求められる。その際,その人々が自分に寄せてくれた善意について考え,そのとき に自分が感じた感謝の念について改めて考えることができるようにすることが大切である。 3 主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること (1) 生きることを喜び,生命を大切にする心をもつ。 生命の大切さに関するものであり,生命あるすべてをかけがえのないものとして尊 --46/128-- -43- 重し,大切にする児童を育てようとする内容項目である。主に,第3・4学年の3の (1)及び第5・6学年の3の(1)と深くかかわっている。 生命の大切さはどれだけ強調してもし過ぎることはない。すべての道徳性は,生命 が大切にされてはじめて成り立つものだからである。ここでは,主として人間の生命 の尊さについて考えを深めることになるが,生きているものすべての生命の尊さにも 価値を置きながら考えなければならない。すなわち,社会的なかかわりの中での生命 や,自然の中での生命,さらには,生命の尊厳性など,多面的な視点から考えを深め ていくことが重要である。 この段階においては,生命の尊さを知的に理解するというより,生活経験の中で生 きていることを感じ取ることが中心になると考えられる。例えば,体にはぬくもりが あり,心臓の鼓動が規則的に続いている。夜はぐっすり眠り,朝は元気に起きられる。 おいしく朝食が食べられる。学校に来てみんなと楽しく学習や生活ができる。このよ うな極めて当たり前のことで見過ごしがちな「生きている証」を実感し,そのことに 喜びを見いだすことによって生命の大切さを自覚できるようにすることが求められる。 (2) 身近な自然に親しみ,動植物に優しい心で接する。 自然や動植物とのかかわりに関するものであり,自然や動植物を愛し大切にする児 童を育てようとする内容項目である。主に,第3・4学年の3の(2)及び第5・6学 年の3の(2)と深くかかわっている。 古来日本人は,自然の恵みに感謝し,自然との調和を図りながら暮らしてきた。自 然に親しみ,動植物が自然の中でたくましく生きてきた知恵や巧みさに学び,自然と 一体になりながら動植物を愛護し,豊かな情操を育ててきたのである。動植物は自然 環境の中で生きており,それぞれの環境に適応して生活を営んでいる。人間も地球に 住む生物の一員であり,環境とのかかわりを抜きにしては生きていけない存在である。 ところが,科学技術の進歩等に伴う物の豊かさ,便利さは,人間が本来もっていた感 性や資質を弱くしてしまっているとも言われる。自然や動植物を愛し,自然環境を大 切にしようとする態度は,地球全体の環境の悪化が懸念されている現在,特に身に付 けなければならないものである。 この段階においては,特に身近な自然の中で遊んだり,動植物の飼育栽培などを経 験し自然や動植物などと直接触れたりすることを通して,それらに対するやさしい心 を養うことが求められる。動物や植物のもつ不思議さ,生命の力,そして,共に生き ていることの愛おしさなどを感じることによって,自然や動植物を大事に守り育てよ うとする気持ちが強くはぐくまれる。 --47/128-- -44- (3) 美しいものに触れ,すがすがしい心をもつ。 美しいものや崇高なもの,人間の力を超えたものとのかかわりに関するものであり, それらに対して感動する心や畏敬の念をもった児童を育てようとする内容項目である。 い 主に,第3・4学年の3の(3)及び第5・6学年の3の(3)と深くかかわっている。 科学が万能であるかのような錯覚を生みかねない今日の社会において,科学の発展 を期待し理性の力を信じるとともに,人間の説明を超えた美への感動や,崇高なもの に対する尊敬や畏敬の念をもち,人間としての在り方を見つめ直すことが求められて い いる。美しいものに触れて素直に感動する気持ちや,気高いものや崇高なものに出会 ったとき尊敬する気持ちなどを,児童の心の中に一層育てることが大切である。 この段階においては,特に,児童の生活の中に存在している身近な自然の美しさや 心地よい音や音楽などに触れて夢を描き,物語などに語られている美しいものや清ら かなものに素直に感動するような体験を通して,すがすがしい心をもつように指導し ていく必要がある。 4 主として集団や社会とのかかわりに関すること (1) 約束やきまりを守り,みんなが使う物を大切にする。 児童が生活する上で必要とされる社会規範を守るとともに,公徳心をもち,それら の精神を日々の生活の中に生かしていく児童を育てようとする内容項目である。主に, 第3・4学年の4の(1)及び第5・6学年の4の(1)と深くかかわっている。 児童が成長することは,同時に社会や集団の様々な規範を身に付けていくことでも ある。まず,約束やきまりを守ることができるようにすることが必要である。その過 程で公徳心を養い,さらに,社会の法やきまりのもつ意義について考えるとともにそ れを 遵 守し,自他の権利を尊重するとともに義務を大切にする精神をしっかりと身 じゆん に付けるように指導する必要がある。規範意識を児童に育てるためには重要な内容項 目であるといえる。 この段階においては,まだ自己中心性が強く,自分勝手な行動をとることが多い。 このことを考慮して,身近な社会生活における出来事なども取り上げながら,約束や きまりをしっかりと守る態度を育てることが大切である。それとともに,公共物や公 共の場所に意識を向けて,みんなで使う物など,具体的な物や場所を大切にする心か ら公徳心がはぐくまれるよう指導することが大切である。 --48/128-- -45- (2) 働くことのよさを感じて,みんなのために働く。 仕事に対して誇りや喜びをもち,働くことの意義を自覚し,進んで社会に役立とう とする心をもった児童を育てる内容項目である。主に,第3・4学年の4の(2)及び 第5・6学年の4の(4)と深くかかわっている。 人間として生きていくには,仕事に誇りと喜びを見いだし,将来や社会に対する夢 と希望,そして生きがいをもって仕事に取り組めることが大切である。働くことは, 単に自分が生活していくためだけでなく,自分に課された社会的責任を果たすという 意味においても重視する必要がある。そのことを通して,社会に対する奉仕や公共の 役に立つ喜びをも味わうことができる。働くことの意義や役割を理解し,それを現在 の自分が学んでいることとのつながりでとらえることは,将来の社会的自立に向けて 勤労観や職業観をはぐくむ上でも重要なことである。 この段階においては,みんなのために働くことを楽しく感じている児童が多い。そ の実態を生かし,働くことで役に立つうれしさ,やりがい,自分の成長などを感じら れるようにすることが大切である。特に,学級の清掃や給食などの当番活動,家庭や 地域での決められた仕事など,実際の場での意欲や態度に結び付けていくことが求め られる。 (3) 父母,祖父母を敬愛し,進んで家の手伝いなどをして,家族の役に立つ喜び を知る。 家族集団とのかかわりに関するものであり,家族や家庭を愛する心をもった児童を 育てようとする内容項目である。主に,第3・4学年の4の(3)及び第5・6学年の 4の(5)と深くかかわっている。 児童の人格形成の基盤は家庭にあると言ってよい。家庭で身に付ける道徳性が,様 々な集団とのかかわりの基盤にもなる。そのような家族一人一人についての理解を深 めれば,父母や祖父母を敬愛する心が一層強くなる。また,家族の中での自分の立場 や役割を知ることから,その一員として積極的に役に立とうとする精神が芽生え,家 族のために役に立つ喜びが実感できるようになる。このような家族や家庭を愛する心 の指導が大切である。 この段階においては,日ごろの父母や祖父母の様子を知ることから敬愛の念を育て, 家の手伝いなどを行って積極的に家族と交わり,家族の一員として役に立つ喜びが実 感できるように指導していくことが大切である。なお,多様な家族構成や家庭状況が あることを踏まえ,十分な配慮を欠かさないようにする。これは,この後の学年段階 --49/128-- -46- における指導においても同様である。 (4) 先生を敬愛し,学校の人々に親しんで,学級や学校の生活を楽しくする。 学校や学級の集団とのかかわりに関するものであり,先生や学校の人々を敬愛し, 学校を愛する心をもった児童を育てようとする内容項目である。主に,第3・4学年 の4の(4)及び第5・6学年の4の(6)と深くかかわっている。 児童は,まず,先生に対するあこがれにも似た敬愛の心をもち,学級での生活を通 して学校への愛着をもつようになる。そして,自分を支え励ましてくれる学校の様々 な人々へ目を向け,感謝と敬愛の念を深めていく。そこで,さまざまな活動における かかわりを通して学級や学校全体に目を向けさせ,役立っている自分への実感ととも に学校を愛する心を深められるようにし,自分の役割と責任を自覚して,よりよい学 校をつくろうと努力する児童を育てることが大切である。 この段階の児童にとって,教師からの影響は特に大きい。そこで,教師が児童一人 一人と愛情のある触れ合いをすることなどによって,教師を敬愛する心がはぐくまれ るようにすることを大事にする必要がある。また,様々な学習活動を通して上級生に 親しみをもったり,学校で働く人々の様子を知ったりすることで敬愛の心を育て,学 級や学校の生活を自分たちで一層楽しくしようとする態度を育てる必要がある。 (5) 郷土の文化や生活に親しみ,愛着をもつ。 郷土とのかかわりに関するものであり,郷土の伝統と文化を大切にし,郷土を愛す る心をもった児童を育てようとする内容項目である。主に,第3・4学年の4の(5), 4の(6)及び第5・6学年の4の(7),4の(8)と深くかかわっている。 自分の育った郷土は,自己の形成に大きな役割を果たすとともに,一生にわたって 大きな精神的な支えとなるものである。郷土との積極的で主体的なかかわりを通して, 郷土を愛する心を育て,郷土をよりよくしていこうとする態度を育成する必要がある。 この段階においては,遊びや生活科などの学習を通して,家庭や学校を取り巻く郷 土に目が向けられるようになる。このことを考慮して,郷土の自然や文化に触れ,人 々との触れ合いを深めることで,郷土への愛着を深め,親しみをもって生活できるよ うにすることが大切である。 --50/128-- --50/128-- -47- 2 第3学年及び第4学年の内容 この段階においては,次の18の内容項目を示している。 1 主として自分自身に関すること (1) 自分でできることは自分でやり,よく考えて行動し,節度のある生活をする。 この段階においては,それまで以上に自らの行動について考えることができるよう になる。そこで,他から言われるのではなく,自ら考えて度を過ごさない節度のある 生活ができるよう,生活面における自立を重視した指導を進めていくことが大切であ る。なお,第1・2学年にある基本的な生活習慣に関する具体的な事項については, この段階では表現上は省略されているが,児童の状況に応じて適宜,継続的に指導し ていく必要がある。 (2) 自分でやろうと決めたことは,粘り強くやり遂げる。 この段階においては,自分がやらなければならないことだけではなく,更に自主性 を発揮し,自分でやろうと決めたことに対しても積極的に取り組み,粘り強くやり遂 げる精神を育てることが大切になる。そのためには,あきらめずに取り組むことの意 義や,今よりよくなりたいと願い,努力しようとする姿について考えを深めていくこ とが求められる。そのためには,教師の励ましや賞賛が一層重要になる。 (3) 正しいと判断したことは,勇気をもって行う。 この段階においては,児童は認識能力を高め,正しいことや正しくないことについ ての判断力も高まってくる。しかし,正しいことと知りつつもそのことをなかなか実 行できなかったり,悪いことと知りつつも回りに流されたり,自分の弱さに負けたり してしまう時期でもある。そこで,正しいことを行えないときの後ろめたさや後悔の 念と,勇気を発揮したときの自信と誇りについて考えることなどを通して,正しいと 判断したことは勇気をもって行い,正しくないと判断したことは勇気をもってやめる 態度を育てる必要がある。 --51/128-- -48- (4) 過ちは素直に改め,正直に明るい心で元気よく生活する。 この段階においては,特にうそをついたりごまかしをしたりしないことも含めて自 分自身に正直であることの快適さを自覚できるようにする必要がある。さらに,過ち を犯したときには素直に反省し,すぐにでも正直に伝えるなどして改めようとする気 持ちをはぐくむことも求められる。正直であるからこそ,明るい生活が実現できるこ とを理解し,この段階の活動的な特徴を生かし,児童それぞれが元気よく生活できる よう指導していくことが望まれる。 (5) 自分の特徴に気付き,よい所を伸ばす。 個性の伸長を図るために積極的に自分のよさを伸ばす児童を育てようとする内容項 目である。主に,第5・6学年の1の(6)と深くかかわっている。 個性の伸長とは,自分のよさを生かすことであり,自分らしさを発揮しながら調和 のとれた自己を形成していくことである。児童が自分らしい生活や生き方について考 えを深めていく視点からも,極めて重視されなければならない内容である。また,こ こでの特徴とは,他と比べて特に自分の目立つ点であり,長所だけではなく短所も含 むものである。したがって,自分の特徴を知るとは,その両面を見いだすことであっ て,短所や不得意なものを努力によって望ましい方向へ改め,自分のよさを一層伸ば していくことが大切にされなくてはならない。なお,このような態度は,第1・2学 年の段階においても,例えば,勉強や仕事をしっかりと行うことや,よいことを進ん で行うことなどに関する指導を通じてはぐくまれている。 この段階において自分の特徴に気付くとは,自分のよい所や悪い所などに気付くこ とであると考えられる。その上で,よい所をさらに伸ばしていき,自分の個性を伸ば すようにするのである。そのためには,児童が多様な個性や生き方に触れる中で自分 の特徴に気付くようにしたり,友達との交流の中で認め合う場をつくったりして,よ い所を伸ばそうとする意欲を引き出すことが求められる。 2 主として他の人とのかかわりに関すること (1) 礼儀の大切さを知り,だれに対しても真心をもって接する。 この段階においては,児童は相手の気持ちを自分におきかえて自らの行動を考える ことができるようになってくる。例えば,あいさつや言葉遣いなど,相手の気持ちに --52/128-- -49- 応じた対応ができるようになる。そのことを十分考慮して,礼儀の大切さを指導する 必要がある。また,この段階の児童は,気の合う友達同士で仲間集団をつくりがちで あるため,特にだれに対しても真心をもって接する態度を育てることが重要である。 (2) 相手のことを思いやり,進んで親切にする。 この段階においては,相手の気持ちをより深く理解できるようになるため,温かい 心とともに,相手に対する思いやりの心を育てることが一層重要になる。相手の現在 の状況,困っていること,大変な思いをしていることなどを想像することによって相 手のことを考え,親切な行為を自ら進んで行うことができるように指導していくこと が大切である。 (3) 友達と互いに理解し,信頼し,助け合う。 この段階においては,気の合う友達同士で仲間をつくって自分たちの世界を確保し, 楽しもうとする傾向があり,集団での活動などがこれまでになく盛んになる。しかし, 自分の利害に基づく衝突が強くなることも見られる。このような特性から,この段階 においては,健康的な仲間集団を積極的に育成していくことが大切であり,友達のこ とを互いによく理解し,信頼し,助け合うことを中心として指導する必要がある。 (4) 生活を支えている人々や高齢者に,尊敬と感謝の気持ちをもって接する。 この段階においては,感謝する対象を,日ごろ世話になっている人々から日々の生活を 支えている様々な人々へと広げる指導が求められる。特に,自分たちの生活のために働く 人々や,長く自分たちの生活を築き,支え,努力を重ねてきた高齢者に対する理解を深め, 尊敬と感謝の念をもって接することができるようにすることが大切である。 3 主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること (1) 生命の尊さを感じ取り,生命あるものを大切にする。 この段階になると,現実性をもって死を理解できるといわれる。特にこの時期に, 生命の尊さを感得できるように指導する必要がある。例えば,誕生の話から生を受け たことのすばらしさを感じたり,病気やけがの様子から自分の生命の尊さを知ったり して,同様に生命あるものすべてを大切にしようとする心を育てることができる。 --53/128-- -50- (2) 自然のすばらしさや不思議さに感動し,自然や動植物を大切にする。 この段階においては,特に自然に親しみながら自然のもつ美しさやすばらしさに感 動するとともに,その恐ろしさや不思議さなどを含めて感じ取ることができるように 指導する必要がある。それらを踏まえて,自然やその中に生きる動植物を大切にする 心を更に深めていくことが求められる。 (3) 美しいものや気高いものに感動する心をもつ。 この段階においては,美しいもののみならず気高いものにも気付き,意識的に触れ ようとする態度を育てることが大切である。それは,想像する力や感じる力がより豊 かになっていくからである。自然の美しさや気高いものに触れて,素直に感動する心 を育てていくことが求められる。 4 主として集団や社会とのかかわりに関すること (1) 約束や社会のきまりを守り,公徳心をもつ。 この段階においては,気の合う仲間の間できまりをつくり,自分たちで決めたこと を大切にする傾向がある。そのような発達的特質を生かし,一般的な約束や社会のき まりについて理解し,それらを守るように指導していくことが大切である。さらに, 公共物や公共の場所とのかかわりにおいても,みんなで使う物を大切にすることにと どまらず,社会生活の中で守るべき道徳としての公徳を大切にする態度にまで広げて いく必要がある。 (2) 働くことの大切さを知り,進んでみんなのために働く。 この段階においては,働くことの楽しさや喜びの体験を積むことによって,自分の 役割を果たし,力を合わせて仕事をすることの大切さを理解できるようにするととも に,進んで働こうとする態度を育てる必要がある。特に,今の生活の中で,みんなの ためにできることについて考え,仕事を見付けたり,それに参加したりして,実践に 結び付けていくことができるような指導が重要になる。 --54/128-- -51- (3) 父母,祖父母を敬愛し,家族みんなで協力し合って楽しい家庭をつくる。 この段階においては,父母や祖父母への敬愛の念を深めるとともに,家庭生活によ り積極的にかかわろうとする態度を育てることが大切である。そのためには,自分が 具体的に家族の役に立つことができ,家族に喜ばれるという実感をもたせることが必 要である。自分が家庭における重要な一員であることの自覚を深めることによって, 協力し合って楽しい家庭をつくろうとする積極的な姿勢をもつことができる。 (4) 先生や学校の人々を敬愛し,みんなで協力し合って楽しい学級をつくる。 この段階においては,特に学級が自分たちのものであるという自覚をもち,この時 期の特徴である明るさや活力を前面に押し出した楽しい学級を,みんなで協力し合っ てつくっていくことができるように指導する必要がある。また日々世話になっている 学校の人々とのかかわりにも目を向けて,学校全体を見渡せるようにし,よりよい学 校生活をつくることに関心を深められるようにしていくことも大切である。 (5) 郷土の伝統と文化を大切にし,郷土を愛する心をもつ。 この段階においては,特に地域での生活が活発になるのに伴い,地域の行事や活動 に興味をもち,積極的にかかわろうとする態度を育てることが求められる。地域の人 々や生活,文化,伝統に親しみ,それを大切にすることを通して,郷土を愛する心を 育てる必要がある。 (6) 我が国の伝統と文化に親しみ,国を愛する心をもつとともに,外国の人々や 文化に関心をもつ。 国とのかかわりに関するものであり,我が国の伝統と文化を大切にし,国を愛する 心をもつとともに,外国の人々や文化にも関心をもった児童を育てようとする内容項 目である。 国を愛する心は,そこではぐくまれた我が国の伝統と文化に関心をもち,それらと 現在の自分とのかかわりを理解する中から芽生えてくるといえよう。それは,さらに, 我が国に課せられている役割と責任を自覚し,世界の人々から信頼と尊敬を得られる ように努めようとするものでなければならない この段階においては,特に我が国の伝統と文化とのかかわりから視野を広げて,我 が国の伝統と文化に関心をもち,国を大切にし愛する心を育てるとともに,外国の人 --55/128-- -52- 々や文化にも関心をもつことができるようにしていくことが大切である。 3 第5学年及び第6学年の内容 この段階においては,次の22の内容項目を示している。 1 主として自分自身に関すること (1) 生活習慣の大切さを知り,自分の生活を見直し,節度を守り節制に心掛け る。 この段階においては,基本的な生活習慣はほぼ身に付けることが期待される。そこ で,そのような生活習慣は,わたしたちの日々の生活を維持していく上で大切なもの であることに理解を深め,そのことをもとに,児童一人一人が自分の生活を振り返り, 改善すべき点などについて見直しながら,望ましい生活習慣を積極的に築くとともに, 自ら節度を守り節制に心掛けられるように継続的に指導することが求められる。 (2) より高い目標を立て,希望と勇気をもってくじけないで努力する。 この段階は,児童がそれぞれに高い理想を追い求める時期だといわれる。ある人物 の生き方にあこがれたり,自分の夢や希望がふくらんだりする。同時に,自信がもて なかったり,夢と現実との違いを意識したりする時期でもある。このような時期であ るからこそ,様々な生き方への関心を高めるとともに,計画的に努力目標を立て,く じけずに希望と勇気をもって取り組み,その理想に向かって着実に前進していこうと する強い意志と実行力を育てる必要がある。その際,希望をもつことの大切さや挫折 感を克服する人間の強さについて考えられるようにするとともに,第3・4学年の段 階までの勇気に関する内容との関連において,勇気ある姿や真の勇気と蛮勇との違い について指導することが重要である。そのことを通して,児童の中により積極的な自 己像が形成される。 (3) 自由を大切にし,自律的で責任のある行動をする。 自由を大切にするととともに,それに伴う自律性や責任を大切にする児童を育てよ うとする内容項目である。 --56/128-- -53- 自己を高めていくには何ものにもとらわれない自由な考えや行動が大切である。し かし,その自由は放縦とは区別される。自由には,例えば,自分の正しい意思の伴っ たものと,自由のはき違えともいうべきものがある。自由には,自分で自律的に判断 し,行動したことによる自己責任が伴う。自分の自由な意思によっておおらかに生き ながらも,そこには内から自覚された責任感の支えによって,自ら考え,判断し,実 行するという自律性が伴っていることが求められる。 この段階の児童は,自主的に考え,行動しようとする傾向が強まる時期である。し かし,一方で,自由のとらえ違えをして自分勝手なふるまいをしてしまうことも見ら れる。自由な考えや行動のもつ意味やその大切さ,さらに,それに伴う自分の責任を 踏まえた自律的な行動について理解を深める指導を心掛ける必要がある。 (4) 誠実に,明るい心で楽しく生活する。 この段階においては,自分に対する誠実さが一層求められる。特にその誠実さが内 に充溢するだけでなく,外に向けて発揮されるように配慮する必要がある。そのこと いつ が,より明るい心となって表れ,真面目さを前向きに受け止めた生活を大切にし,自 己を向上させることにもつながっていく。さらに,一人一人の誠実な生き方を大切に しながら,みんなと楽しい生活ができるように指導していくことが大切である。 (5) 真理を大切にし,進んで新しいものを求め,工夫して生活をよりよくする。 自己をより創造的に発展させ,新しく進歩したものを積極的に取り入れ,創造し, 工夫する態度をもった児童を育てようとする内容項目である。それは,科学的な探究 心とともに,物事を合理的に考え,真理を大切にしようとする態度を養う中で育つも のである。 児童は,知らないことを知りたいという欲求をもっている。しかし,物事への興味 ・関心が薄れ,教えてくれることを待つ受け身的な傾向が強まることも見られる。児 童が疑問を大事にし,物事のわけをよく考えたり確かめたりして,個性ある考え方が 認められるような経験を積み重ねることが重要であり,そのような中で,真理を愛す る心や,生活を改善していこうとする態度がはぐくまれると考えられる。特に,今日 の変化の激しい社会においては,主体性をもって柔軟に対応し,科学的な探究心を育 て,新たな自己をつくっていくことが求められる。なお,このような態度は,第3・ 4学年の段階においても,例えば,正しいと判断したことを勇気をもって行うことな どに関する指導を通じてはぐくまれている。 第5・6学年にもなると,児童は次第に現状に甘える傾向も見せる。その殻を破っ --57/128-- -54- て,児童の感じ方や考え方をより創造的で可能性に富むものにしていかなければなら ない。特にこの段階においては,真理を求める態度を大切にし,創造的で知的な活動 を通して興味や関心を刺激し,意欲を喚起させ,物事を多様な発想でとらえるととも に,自分の生活を少しでもよくできないかと考え,工夫できるよう指導することが大 切である。 (6) 自分の特徴を知って,悪い所を改めよい所を積極的に伸ばす。 この段階においては,自己の生き方を見つめ,自分の特徴を多面的にとらえること が必要である。そうすることにより,よい所と悪い所の両面が見えてくる。その際, まず,自分が気付いたよい所を積極的に伸ばそうとする態度を育てる必要がある。そ して同時に自分の悪い所などもしっかりと見きわめ,それを課題として改めることが 自分を伸ばすために大切であることを理解して,そのように心掛けられるようにする ことも重要である。 2 主として他の人とのかかわりに関すること (1) 時と場をわきまえて,礼儀正しく真心をもって接する。 この段階においては,特に礼儀作法について正しく理解し,時と場をわきまえた適 切な言動が求められる。この段階は,礼儀の意義については理解できていても,恥ず かしさなどもあり,時として心のこもったあいさつができない場面も出てくることが 考えられる。礼儀の形にこめられた相手を尊重する気持ちを考えさせることなどを通 して,自然な言動として相手の立場に立って心のこもった接し方ができるように指導 していくことが大切である。 (2) だれに対しても思いやりの心をもち,相手の立場に立って親切にする。 この段階においては,特に相手の立場に立つことを強調する必要がある。どのよう に接し,対処することが相手のためになるのかをよく考えた言動が求められる。また, 人間関係の深さの違いや意見の相違などを乗り越え,思いやりの心とそれが伴った親 切な行為を,児童が接するすべての人に広げていく指導も大切である。そのためには, 児童が多様な他者と触れ合い,助け合って何かをするような機会を増やすとともに, それらの体験を生かし,思いやりの心をもつことの大切さについて深く考えられるよ うに工夫する必要がある。 --58/128-- -55- (3) 互いに信頼し,学び合って友情を深め,男女仲よく協力し助け合う。 この段階においては,これまで以上に友達を意識し,仲のよい友達との 絆 を深め きずな ていき,若者の流行などにも敏感になり,趣味や嗜好を同じくする閉鎖的な仲間集団 し を作る傾向も生まれてくる。そのため,疎外感を感じたり,友達との間で悩んだりす ることが今まで以上に見られるようになり,健全な友達関係を育てていくことが一層 重要になる。友達同士の相互の信頼の下に,協力して学び合う活動を通して互いに磨 き合い,高め合うような,真の友情を育てていくことが強く求められる。 また,特にこの段階は,第二次性徴期に入るため,心身の発達には個人差があるも のの,異性に対する関心が強まり,これまでとは異なった感情を抱くようになる。こ のことは自然な成長の姿である。それとともに,この男女間の在り方も根本的には同 性間におけるものと同様,互いの人格の尊重を基盤としている。異性に対しても,信 頼を基にして,正しい理解と友情を育て,協力して助け合おうとすることに配慮して 指導することが大切である。 (4) 謙虚な心をもち,広い心で自分と異なる意見や立場を大切にする。 広がりと深まりのある人間関係を築くために必要な,謙虚な心と広い心をもった児 童を育てようとする内容項目である。 寛大な心をもって他人の過ちを許すことができるのも,自分も過ちを犯すことがあ るからと自覚しているからであり,自分に対して謙虚であるからこそ他人に対して寛 容になることができる。しかし,わたしたちは,自分の立場を守るため,つい他人の 失敗や過ちを一方的に非難したり,自分と異なる意見や立場を受け入れようとしなか ったりするなど,自己本位に陥りやすい弱さをもっている。自分自身が成長の途上に あり,至らなさをもっていることなどを考え,自分を謙虚に見て,他人の過ちを許す 態度や相手から学ぶような広い心をもつことが大切である。今日の重要な教育課題の 一つであるいじめの問題に対応するとともに,いじめを生まない風土や環境を醸成す るためにも,このような態度を育てることが重要である。なお,このことは,第3・ 4学年の段階においても,例えば,相手を思いやり親切にすることや,友達と信頼し 合い助け合うことなどに関する指導を通じてはぐくまれている。 この段階においては,互いのものの見方,考え方の違いをそれまで以上に意識する ようになる。そのような時期だからこそ,相手の意見を素直に聞き,なぜそのような 意見や立場をとるのかを,相手の立場に立って考える態度を育てることが求められる。 それとともに自分と異なった意見や立場,相手の過ちなどに対しても,広い心で受け --59/128-- -56- 止め,対処できるよう指導することが大切である。 (5) 日々の生活が人々の支え合いや助け合いで成り立っていることに感謝し,それに こたえる。 この段階においては,感謝の対象が人のみならず,多くの人々の支え合いや助け合いで 成り立っている日々の生活そのもの,更にはそのような中で自分が生きていることに対す る感謝にまで広げることが必要である。そして,それにこたえて,自分は何をすべきかを 自覚できるようにし,進んで実践できるところまで指導することが求められる。さらに, このようなことを通して,自分の心の中の感謝の気持ちが相手の心に届き,潤いのある人 間関係が築かれるものであることを自覚できるようにすることが大切である。 3 主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること (1) 生命がかけがえのないものであることを知り,自他の生命を尊重する。 この段階においては,生命の誕生から死に至るまでの過程を理解することができる。 また,様々な人々との支え合いの中で一人一人の生命がはぐくまれることがわかる。 さらに,生命が祖先から自分そして子孫へと受け継がれていくことをより深く理解す るようになる。それらを通して,生命のかけがえのなさを自覚できるようにすること が重要である。人間の誕生の喜びや死の重さ,生きることの尊さ,共に生きることの 素晴らしさなどを考えることから,自他の生命を尊重し力強く生き抜こうとする心を 育てるとともに,生命に対する畏敬の念を育てることが大切である。 い (2) 自然の偉大さを知り,自然環境を大切にする。 この段階においては,さらに,人間の力が及ばない自然の偉大さを理解し,自然に 学ぶ態度を身に付ける必要がある。そして,自然環境と人間とのかかわりから,人間 も自然の中で生かされていることを考え,人間と自然や動植物との共存の在り方を積 極的に考え,自分にできる範囲で自然環境をよくしようとする態度をはぐくむように することが望まれる。 (3) 美しいものに感動する心や人間の力を超えたものに対する畏敬の念をもつ。 い この段階においては,人間のもつ心の崇高さや偉大さに感動したり,真理を求める --60/128-- --60/128-- -57- 姿や自分の可能性に挑戦する人間の姿に心を打たれたり,芸術作品の内に秘められた 人間の業を超えるものに気付いたり,大自然の摂理に感動しそれを包み込む大いなる ものに気付いたりすることなどを通して,それらに畏敬の念をもつことが求められる。 い そして,人間としての在り方をより深いところから見つめ直すことができるように指 導することが大切である。 4 主として集団や社会とのかかわりに関すること (1) 公徳心をもって法やきまりを守り,自他の権利を大切にし進んで義務を果た す。 この段階においては,社会生活上のきまりや基本的なモラルなどの倫理観を育成す る観点から,児童が法やきまりの意義を理解し,遵法の精神をもつところまで高め じゅん ていく必要がある。また,それとともに,他人の権利を尊重し,自分の権利を正しく 主張するとともに,義務を遂行せず,権利ばかりを主張していては社会は維持できな いことについても考えを深め,義務を大切にし,自分に課された義務をしっかり果た す態度を育成することも重要である。 (2) だれに対しても差別をすることや偏見をもつことなく公正,公平にし,正義の実 現に努める。 民主主義社会の基本的な価値である社会正義の実現に努め,公正,公平にふるまう児童 を育てようとする内容項目である。 社会正義は,社会的な認識能力と人間の平等観に基づく人間愛が基本にならなければな らない。公正,公平にすることは,私心にとらわれずだれにも分け隔てなく接し,偏った ものの見方や考え方を避け,社会的な平等が図られるように振る舞うことである。しかし, このような社会正義の実現を妨げるものに人々の差別や偏見がある。よりよい社会を実現 するためには正義を愛する心が不可欠であり,自他の不正や不公平を許さない断固とした 姿勢をもち,力を合わせて積極的に差別や偏見をなくそうとする努力が重要である。特に かけがえのない生命の自覚や他の人とのかかわりに関する内容項目の指導の積み重ねを基 に,広い視野から指導していく必要がある。なお,このような態度は,第3・4学年の 段階においても,例えば,約束や社会のきまりを守ることなどに関する指導を通じて はぐくまれている。 この段階においては,いじめなどの身近な差別や偏見に気付き,公正で公平な態度を 養うことを通して,不正な行為を絶対に許さないという断固たる態度を育てることが大切 --61/128-- -58- である。また,社会的な差別や不公正さなどの問題について考え,社会正義についての自 覚を深めていく指導を適切に行うことが大切である。 (3) 身近な集団に進んで参加し,自分の役割を自覚し,協力して主体的に責任を 果たす。 集団と個のかかわりの基本を述べたものであり,身近な集団の中で自分の役割と責 任を主体的に果たす児童を育てようとする内容項目である。 人間は社会的な存在であり,家族や学校をはじめとする様々な集団や社会に属して 生活を営んでいる。それらにおける集団と個の関係は,集団の中で一人一人が尊重さ れ生かされながら,主体的な参加と協力の下に集団全体が成り立ち,その向上が図ら れるものでなければならない。そのためには,集団に属する一人一人が,集団の活動 に積極的に参加し,集団の意義に気付き,その中での自分の位置や役割を自覚して責 任を果たすとともに,主体的に協力して全体の向上に役立とうとする態度をもつこと が重要である。なかでも小学校段階では,集団のまとまりを意識し,集団への所属感 を高めていくことができるようにすることが求められる。そのためにも,一緒に活動 する楽しさや,集団の役に立つ喜びを感じとらせながら,主体的な活動への意欲を高 めることが大切である。なお,このような態度は,第3・4学年の段階においても, 例えば,進んでみんなのために働くことなどに関する指導を通じてはぐくまれている。 この段階においては,身近な集団をまとまりのあるものとしてとらえ,いくつかの 集団に属しながら,それぞれの目標に合わせて活動することができることから,学校 や地域の中でも,学級集団,児童会やクラブなどの異年齢集団,遊び仲間や各種少年 団体などの身近な集団において,自分の立場や全体の動きを自覚できる活動に主体的, 積極的に参加できるようにしていく必要がある。それらを通して自分の役割と責任を 果たすとともに,成員相互のかかわりの大切さや,協力して目標を達成することのよ さに気付くことができるよう指導することが大切である。 (4) 働くことの意義を理解し,社会に奉仕する喜びを知って公共のために役に立 つことをする。 この段階においては,特に勤労を尊ぶ心を育てながら,働くことの意義を理解して 社会の役に立つことができるように指導する必要がある。つまり,勤労が自分のため だけではなく,社会生活を支えるものであることを理解し,社会への奉仕活動など公 共のために役立つ活動に目を向け,積極的に取り組むことができるようにすることが 重要である。また,そのことから得られる喜びを基に,社会に奉仕し,公共のために --62/128-- -59- 役に立とうとする心構えを育てることが望まれる。 (5) 父母,祖父母を敬愛し,家族の幸せを求めて,進んで役に立つことをする。 この段階においては,一層積極的に家庭生活にかかわることが求められる。すなわ ち,家族の幸せのために自分には何ができるのかを考えて,家庭での自分の役割を自 覚し,家族のために,積極的に役に立つことができるよう指導することが必要である。 そのためにも,家族が相互に信頼関係と深い絆で結ばれていることについて考えを深 められるよう指導することが大切である。 (6) 先生や学校の人々への敬愛を深め,みんなで協力し合いよりよい校風をつく る。 この段階においては,小学校の最高学年段階の児童としての自覚をもち,学校を愛 する心を具体化する指導を心掛ける必要がある。特に,学校の一員としての自分の役 割を自覚し,みんなで協力して自分たちの学校をよりよくしようとする心を育て,よ りすばらしい校風をつくるために積極的に取り組む態度を養い,具体的に実践できる よう指導することが大切である。そうすることで,校風を担っている自分への気付き と先生や学校の人々への敬愛の念が一層深められていく。 (7) 郷土や我が国の伝統と文化を大切にし,先人の努力を知り,郷土や国を愛す る心をもつ。 この段階においては,郷土を愛する心が日本全体に開かれたものへと発展し,国を 愛する心が児童の内面から自覚されることが大切である。そのためには,郷土や我が 国の発展に尽くし伝統と文化を育てた先人の努力を知り,自分もまたそれを継承し発 展させていくべき責務があることを自覚し,そのために努めようとする心構えを育て る必要がある。 (8) 外国の人々や文化を大切にする心をもち,日本人としての自覚をもって世界 の人々と親善に努める。 国際理解と親善の心をもった児童を育てようとする内容項目である。 国際化への対応は,今後一層重要になってくる。まず,外国の人々や自分の回りの 文化とは異なる文化に対する理解と尊敬の念が重視されなければならない。各国には, --63/128-- -60- その国独自の伝統と文化があり,各国民はそれに対して誇りをもち,大切にしている。 そのことを,我が国の伝統と文化に対する尊敬の念と併せて理解できるようにしてい く必要がある。また,単に国際理解にとどまることなく,日本人としての自覚をもっ て,積極的に外国の人と接したり,交流の場に参加したりするなどして,国際親善に 努めることが大切である。そして,それらを更に人類愛にまで深めていくことが求め られる。 この段階においては,特に社会的認識能力の発達や社会科等での学習との関連を考 え,国際理解と親善の心を育てることが重要である。その際,外国の人々が,我が国 と同じようにそれぞれの国の伝統と文化に愛着や誇りをもって生きていることを理解 し,これを尊重するとともに,同時に,我が国の伝統と文化についての理解を深め, 尊重する態度をもって考えを深めたり,交流したりしようとすることが大切である。 --64/128-- -61- 第4章 道徳の指導計画 第1節 指導計画作成の方針と推進体制の確立 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の1) 1 各学校においては,校長の方針の下に,道徳教育の推進を主に担当する教師 (以下「道徳教育推進教師」という。)を中心に,全教師が協力して道徳教育 を展開するため,次に示すところにより,道徳教育の全体計画と道徳の時間の 年間指導計画を作成するものとする。 道徳の指導計画については,「第3章 道徳」の第3の1において,各学校におい ては,「道徳教育の全体計画と道徳の時間の年間指導計画を作成するものとする」と している。したがって,学校では,校長が道徳教育の方針を明確にし,指導力を発揮 して,全教師が協力して道徳教育を展開するため,道徳教育の推進を主に担当する教 師(以下「道徳教育推進教師」という。)を中心として,「道徳教育の全体計画」と それに基づく「道徳の時間の年間指導計画」を作成する必要がある。また,全体計画 を各学年や学級で具体的に推進するための指針として「学級における指導計画」を作 成していくことが望まれる。 1 校長の方針の明確化 道徳教育は,「第1章 総則」に示すように,学校の教育活動全体で取り組むもの であり,校長は学校の道徳教育の基本的な方針を全教師に明確に示すことが求められ る。校長は道徳教育の充実・改善の方向を視野におきながら,児童の道徳性にかかわ る実態,学校の道徳教育推進上の課題,社会的な要請や家庭や地域の期待などを踏ま え,学校の教育目標とのかかわりにおいて,道徳教育の基本的な方針等を明示する必 要がある。 このことにより,全教師が道徳教育の重要性についての認識を深めるとともに,学 校の道徳教育の重点や推進すべき方向について共通に理解することができる。また, 示されたその方針が,全教師が協力して学校の道徳教育の諸計画を作成し,展開し, その不断の充実・改善を図っていく上でのよりどころにもなる。 2 道徳教育推進教師を中心とした協力体制の整備 --65/128-- -62- (1) 協力体制の充実 道徳教育は,校長の方針の下,学校の教育活動全体で取り組まれ,個々の教師の責 任ある実践に託されていくものである。学校が組織体として一体となって道徳教育を 進めるために,全教師が力を発揮できる体制を整える必要がある。例えば,道徳主任 などの道徳教育推進教師の役割を明確にするとともに,機能的な協力体制の下,道徳 教育を充実させていく必要がある。 協力体制をつくるに際しては,まず,全教師が参画する体制を具体化するとともに, そこでの道徳教育の推進を中心となって担う教師を位置付けるようにする。例えば, 道徳の時間の指導,各教科等における道徳教育,家庭や地域との連携等の推進上の課 題に合わせた組織や,各学年段階ごとに分かれて推進するための組織のそれぞれが機 能するような体制をつくるなど,それぞれの教師が主体的にかかわることができる体 制とすることが大切である。道徳教育推進教師を中心とした道徳教育推進のためのチ ームをつくり,学校全体の教科等や生徒指導,保健指導等の各担当者と関連を図った 体制とすることなども考えられる。 (2) 道徳教育推進教師の役割 機能的な協力体制にするためには,このような体制における道徳教育推進教師の役 割を明確にしておく必要がある。その役割としては,以下に示すような事柄が考えら れる。 ア 道徳教育の指導計画の作成に関すること イ 全教育活動における道徳教育の推進,充実に関すること ウ 道徳の時間の充実と指導体制に関すること エ 道徳用教材の整備・充実・活用に関すること オ 道徳教育の情報提供や情報交換に関すること カ 授業の公開など家庭や地域社会との連携に関すること キ 道徳教育の研修の充実に関すること ク 道徳教育における評価に関すること など 各学校においては,その実態や課題等に応じて,学校として推進すべき事項を明ら かにした上で,その役割について押さえておくことが重要になる。道徳教育推進教師 が全体を掌握しながら,全教師の参画,分担,協力の下に道徳教育が円滑に推進され, 充実していくように働き掛けていくことが望まれる。 なお,もとより,各教師がそれぞれの役割意識をもち,自らの役割を進んで果たす ことが求められることは言うまでもない。学校全体で一つの道徳教育上の課題に取り 組むようなときも,全教師が共通の課題意識をもって進めることができるように,機 能的な協力体制にすることが大切である。 --66/128-- -63- 第2節 道徳教育の全体計画 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の1) (1) 道徳教育の全体計画の作成に当たっては,学校における全教育活動との関連 の下に,児童,学校及び地域の実態を考慮して,学校の道徳教育の重点目標を 設定するとともに,第2に示す道徳の内容との関連を踏まえた各教科,外国語 活動,総合的な学習の時間及び特別活動における指導の内容及び時期並びに家 庭や地域社会との連携の方法を示す必要があること。 1 全体計画の意義 道徳教育の全体計画は,学校における道徳教育の基本的な方針を示すとともに,学 校の教育活動全体を通して,道徳教育の目標を達成するための方策を総合的に示した 教育計画である。 学校における道徳教育は,全教育活動が有機的に関連し合って進められなければな らないが,その中軸となるのは,学校の設定する道徳教育の基本方針である。全体計 画は,その基本方針を具現化する上で,学校として特に工夫し,留意すべきことは何 か,各教育活動がどのような役割を分担するのか,家庭や地域社会との連携をどう図 っていくのかなどについて総合的に示すものでなければならない。 このような全体計画は,特に次の諸点において重要な意義をもつ。 (1) 豊かな人格形成の場として,各学校の特色や実態及び課題に即した道徳教育が展 開できる 各学校においては,様々な教育の営みが豊かな人格形成につながっていることを意 識し,特色があり,課題を押さえた道徳教育の充実を図ることができる。 (2) 学校における道徳教育の重点目標を明確にして取り組むことができる 学校としての重点目標を明確にし,それを各教師が共有することにより,学校の教 育活動全体で行う道徳教育に方向性をもたせることができる。 (3) 道徳教育の 要 として,道徳の時間の位置付けや役割が明確になる かなめ 道徳の時間で進めるべきことを押さえるとともに,教育活動相互の有機的な関連を 図ることができる。また,全体計画は,道徳の時間の年間指導計画を作成するよりど ころにもなる。 (4) 全教師による一貫性のある道徳教育が組織的に展開できる --67/128-- -64- 全教師が全体計画の作成に参加し,その活用を図ることを通して,道徳教育の方針 やそれぞれの役割等についての理解が深まり,組織的で一貫した道徳教育の展開が可 能となる。 (5) 家庭や地域社会との連携を深め,保護者や地域の人々の積極的な参加や協力を可 能にする 全体計画を公表し,家庭や地域社会の理解を得ることにより,家庭や地域社会と連 携し,その協力を得ながら道徳教育の充実を図ることができる。 2 全体計画の内容 全体計画は,各学校において,校長の方針の下に,道徳教育推進教師が中心となっ て,全教師の参加と協力により,創意と英知を結集して作成されるものである。作成 に当たっては,上記の意義を踏まえて次の事項を含めることが望まれる。 (1) 基本的把握事項 まず,計画作成に当たって把握すべき事項として,次の内容が挙げられる。 ア 教育関係法規の規定,時代や社会の要請や課題,教育行政の重点施策 イ 学校や地域の実態と課題,教職員や保護者の願い ウ 児童の実態と課題 (2) 具体的計画事項 把握した事項を踏まえ,各学校が全体計画の作成に当たり,計画に示すことが望ま れる事項として,次の諸点を挙げることができる。 ア 学校の教育目標,道徳教育の重点目標,各学年の重点目標 イ 道徳の時間の指導の方針 年間指導計画を作成する際の観点や重点目標にかかわる内容の指導の工夫,校 長や教頭などの参加,他の教師との協力的な指導等を記述する。 ウ 各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動などにおける道徳教育 の指導の方針,内容及び時期 重点的指導との関連や各教科等の指導計画を作成する際の道徳教育的な観点を 記述する。また,各教科等の方針に基づいて進める道徳性の育成にかかわる指導 の内容及び時期を整理して示す。 エ 特色ある教育活動や豊かな体験活動における指導の方針,内容及び時期 学校や地域の特色を生かした取組や集団宿泊活動,ボランティア活動,自然体 験活動などの体験活動や実践活動における道徳性育成の方針を示す。また,その 内容及び時期等を整理して示すことも考えられる。 --68/128-- -65- オ 学級,学校の人間関係,環境の整備や生活全般における指導の方針 日常的な学級経営を充実させるための具体的な計画等を記述する。 カ 家庭,地域社会,他の学校や関係機関との連携の方法 協力体制づくりや道徳の時間の授業の公開,広報活動,保護者や地域の人々の 参加や協力の内容及び時期,具体的な計画等を記述する。 キ 道徳教育の推進体制 道徳教育推進教師の位置付けも含めた学校の全教師による推進体制を示す。 ク その他 例えば,次年度の計画に生かすための評価の記入欄をつくったり,研修計画や 重点的指導に関する添付資料等を記述したりする。 なお,全体計画を一覧表にして示す場合は,必要な各事項について文章化したり, 具体化したりしたものを加えるなどの工夫が望まれる。 例えば,各教科等における道徳教育にかかわる指導の内容及び時期を整理したもの, 道徳教育にかかわる体験活動や実践活動の時期等が一覧できるもの,道徳教育の推進 体制や家庭や地域社会等との連携のための活動等が分かるものを別葉にして加えるな どして,年間を通して具体的に活用しやすいものとすることが考えられる。 また,このようにして作成した全体計画は,家庭や地域社会の人々の積極的な理解 と協力を得るとともに,様々な意見を聞き一層の改善に役立てるために,他の教育計 画と同様,その趣旨や概要等を学校通信に掲載したり,ホームページで紹介したりす るなど,積極的に公開していくことが求められる。 3 全体計画作成上の創意工夫と留意点 全体計画の作成に当たっては,理念だけに終わることなく,具体的な教育実践に生 きて働くものになるよう,体制を整え,全教師で創意工夫を生かして,特に次のこと に留意しながら作業を進めることが大切である。 (1) 校長の方針の下に道徳教育推進教師を中心として全教師の協力・指導体制を整え る 学校における道徳教育は,人格の基盤となる道徳性を育成するものであり,学校の 教育活動全体において取り組み,家庭や地域社会との連携の下に進めなければならな いことから,特に校長が指導力を発揮し,道徳教育推進教師が中心となって全教師が 全体計画の作成に主体的に参画するよう体制を整える必要がある。 (2) 道徳教育や道徳の時間の特質を理解し,教師の意職の高揚を図る 全教師が,道徳教育及び道徳の時間の重要性や特質について理解が深められるよう, --69/128-- -66- 関係する教育法規や教育課程の仕組,時代や社会の要請,児童の実態,保護者や地域 の人々の意見等について十分研修を行い,教師自身の日常的な教育実践の中での課題 が明確になるようにする。そのことを通して,全体計画の作成にかかわる教師の意識 の高揚を図ることができ,その積極的な活用につなげることができる。 (3) 各学校の特色を生かして重点的な道徳教育が展開できるようにする 全体計画の作成に当たっては,学校や地域社会の実態を踏まえ,各学校における課 題を明らかにし,道徳教育の重点目標や各学年の指導の重点を明確にするなど,各学 校の特色が生かされるよう創意工夫することが大切である。 学習指導要領の第3章の第3の1の(3)には,今日的課題と低・中・高学年ごとの 発達上の課題を踏まえて重点的な指導を行う上で配慮すべき観点が示されている。各 学校においては,それぞれの実態に応じて,各学年段階ごとに第2の内容に示す内容 項目の指導を通して,全体としてこれらの観点の指導が充実するよう工夫する必要が ある。 (4) 学校の教育活動全体を通じた道徳教育の相互の関連性を明確にする 各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動などにおける道徳教育を, 道徳の内容との関連でとらえ,道徳の時間が 要 としての役割が果たせるよう,計画 かなめ を工夫する。 また,学校教育全体において,豊かな体験活動がなされるよう計画するとともに, 体験活動を生かした道徳の時間が効果的に展開されるよう工夫する。 (5) 家庭や地域社会,近隣の幼稚園や保育所,小・中・高等学校,特別支援学校,関 係諸機関,企業などとの連携に心掛ける 全体計画を具体化するには,保識者,地域の人々の協力が不可欠である。また,近 接の幼稚園や保育所,小・中・高等学校,特別支援学校などとの連携や交流を図り, 共通の関心の下に指導を行うとともに,福祉施設,企業等との連携や交流を深めるこ とも大切である。それらが円滑に行われるよう体制づくり等を工夫する。 (6) 計画の実施及び評価・改善のための体制を確立する 全体計画は,学校における道徳教育の基本を示すものである。したがって,しばし ば変更されることは望ましくないが,評価し,改善の必要があればただちにそれに着 手できる体制を整えておくことが大切である。また,全教師による一貫性のある道徳 教育を推進するためには,校内の研修体制を充実させ,全体計画の具体化や評価・改 善に当たって必要となる事項についての理解を深める必要がある。 --70/128-- --70/128-- -67- 第3節 道徳の時間の年間指導計画 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の1) (2) 道徳の時間の年間指導計画の作成に当たっては,道徳教育の全体計画に基づ き,各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動との関連を考慮し ながら,計画的,発展的に授業がなされるよう工夫すること。その際,第2に 示す各学年段階ごとの内容項目について,児童や学校の実態に応じ,2学年間 を見通した重点的な指導や内容項目間の関連を密にした指導を行うよう工夫す ること。ただし,第2に示す各学年段階ごとの内容項目は相当する各学年にお いてすべて取り上げること。なお,特に必要な場合には,他の学年段階の内容 項目を加えることができること。 1 年間指導計画の意義 年間指導計画は,道徳の時間の指導が,道徳教育の全体計画に基づき,児童の発達 の段階に即して計画的,発展的に行われるように組織された全学年にわたる年間の指 導計画である。具体的には,道徳の時間に指導しようとする内容について,児童の実 態や多様な指導方法等を考慮して,学年段階に応じた主題を構成し,この主題を学年 別に年間にわたって適切に位置付け,配列し,展開の大要等を示したものである。 なお,道徳の時間の主題は,指導を行うに当たって,何をねらいとし,どのように 資料を活用するかを構想する指導のまとまりを示すものであり,「ねらい」とそれを 達成するための「資料」によって構成される。 このような年間指導計画は,特に次の諸点において重要な意義をもつ。 (1) 6年間を見通した計画的,発展的な指導を可能にする 児童,学校及び地域の実態に応じて,年間にわたり,また6年間を見通した重点的 指導や内容項目間の関連を密にした指導を可能にする。 (2) 個々の学級において道徳の時間の学習指導案を立案するよりどころとなる 学級の児童の実態に合わせて,年間指導計画における主題の構想を具体化し,指導 の手立てなどを具体的に考える際に依拠するものとなる。 (3) 学級相互,学年相互の教師間の研修などの手掛かりとなる 計画を踏まえて事前に指導方法を検討したり,情報を交換したり,授業を実際に参 観し合ったりするときの基本的な情報として生かすことができる。 --71/128-- -68- 2 年間指導計画の内容 年間指導計画は,各学校で創意工夫をして作成するものであるが,上記の意義に基 づいて,特に次の内容を明記しておくことが望まれる。 (1) 各学年の基本方針 全体計画に基づき,道徳の時間における指導について,学年ごとの基本方針を具体 的に示す。 (2) 各学年の年間にわたる指導の概要 具備することが望まれる事項としては,次のものがある。 ア 指導の時期 学年又は学級ごとの実施予定の時期を記載する。 イ 主題名 ねらいと資料で構成した主題を端的に表したものを記述する。 ウ ねらい ねらいとする道徳性の内容や観点を端的に表したものを記述する。 エ資料 指導で用いる中心的な資料の題名を記述する。なお,その出典等を併記するこ とが望ましい。 オ 主題構成の理由 ねらいに対して資料を選定した理由を簡潔に示す。 カ 展開の大要及び指導の方法 ねらいを踏まえて,資料をどのように活用し,どのような手順で学習を進める のかについて簡潔に示す。 キ 他の教育活動等における道徳教育との関連 特に関連する教育活動や体験活動,学級経営の取組などを示す。 ク その他 例えば,校長や教頭などの参加,他の教師の協力的な指導の計画,保護者や地 域の人々の参加・協力の計画,複数の時間取り上げる内容項目の場合は各時間の 相互の指導の関連などの構想を示すことが考えられる。 なお,道徳の時間の指導の時期,主題名,ねらい及び資料を一覧にした配列表の みでは年間指導計画としては機能しにくい。そのような一覧表を示す場合において も,展開の大要等を含むものなど,各時間の指導の概要が分かるようなものを加え ることが求められる。 --72/128-- -69- 3 年間指導計画作成上の創意工夫と留意点 年間指導計画を活用しやすいものにし,指導の効果を高めるために,特に創意工夫 し留意すべきこととして次のことが挙げられる。 (1) 年間授業時数を確保できるようにする 道徳の時間は,年間を通した計画的,発展的な指導によって効果を上げるものであ る。道徳の時間の意義を十分に理解し,各学年段階ごとの内容項目は相当する各学年 ですべて取り上げるとともに,年間にわたって標準授業時数が確保されるよう,学校 行事や祝祭日等で計画どおり授業ができなかった場合の対応も含めて年間指導計画を 工夫する。 (2) 主題の設定と配列を工夫する 主題(ねらいと資料)の設定においては,特に児童の実態と予想される心の成長, 興味や関心などを考慮する。まず,ねらいとしては,道徳的価値の自覚を深めるため の根源的なものを押さえておく必要がある。また,資料は,ねらいとの関連において 児童の心に響くものを多様に選択する。さらに,主題の配列に当たっては,主題の性 格,他の教育活動との関連,地域社会の行事,季節的変化などを十分に考慮すること が望まれる。 (3) 計画的,発展的指導ができるように工夫する 内容相互の関連性や,学年段階ごとの発展性を考慮して,6年間を見通した計画的, 発展的な指導が行えるよう心掛ける。また,児童が進学する中学校における道徳の時 間との関連を図るよう工夫することも望まれる。 (4) 内容の重点的指導ができるように工夫する 各学年段階の内容項目の指導については,児童や学校の実態に応じて,2学年間を 見通した重点的指導を工夫し,内容項目全体の効果的な指導が行えるよう配慮する必 要がある。その場合には,特定の内容項目の指導時間数を増やし,一定の期間をおい て繰り返し取り上げる,何回かに分けて指導するなどの配列を工夫したり,内容項目 によっては,ねらいや資料の質的な深まりを図ったり,指導の方法を多様にしたりす るなどの工夫が考えられる。なお,それらを添付資料でまとめて示すことも考えられ る。 (5) 各教科等,体験活動等との関連的指導を工夫する 年間にわたって位置付けた主題において,各教科等との関連を図ることで指導の効 果が高められる場合は,指導の内容及び時期の計画への位置付け等に配慮し,具体的 な関連の見通しをもつことができるようにする。 また,集団宿泊活動やボランティア活動,自然体験活動などの道徳性をはぐくむた --73/128-- -70- めの体験活動と道徳の時間の時期や内容との関連を考慮し,道徳的価値の一層の自覚 を深めるなどの指導の工夫を図ることも大切である。 (6) 複数時間の関連を図った指導を取り入れる 道徳の時間は,一般的に一つの主題を1単位時間で取り扱うが,内容によっては複 数の時間の関連を図った指導の工夫などを計画的に位置付けて行うことも考えられる。 例えば,一つの主題を2単位時間にわたって指導し,道徳的価値の自覚を一層深める 方法,重点的指導を行う内容を複数の資料による指導と関連させて進める方法,中心 的な資料を軸にして複数単位時間を計画して進める方法など,様々な方法が考えられ る。特に,主題や資料の内容等が深まり,複雑になる高学年の段階からは,主題や資 料等の性格に基づき,工夫を図ることが大切である。 (7) 特に必要な場合には他学年段階の内容を加える 道徳の内容が学年段階ごとに児童の発達の段階等を踏まえて示されている意義を理 解し,全体にわたる効果的な指導を工夫することを基本とする。なお,特に必要な場 合には,学校の特色や実態,課題などに応じて他学年段階の内容を加えることができ る。 (8) 計画の弾力的な取扱いについて配慮する 年間指導計画は,学校の教育計画として意図的,計画的に作成されたものであり, 指導者の恣意による不用意な変更や修正が行われるべきではない。変更や修正を行う し 場合は,児童の道徳性の育成という観点から考えて,より大きな効果を期待できると いう判断を前提として,少なくとも学年などによる検討を経ることが望ましい。そし て,変更した理由を備考欄などに記入し,今後の検討課題にすることが大切である。 なお,年間指導計画の弾力的な取扱いについては,次のような場合が考えられる。 ア 時期,時数の変更 児童の実態などに即して,指導の時期,時数を変更することは考えられる。し かし,指導者の恣意による変更や,あらかじめ年間指導計画の一部を空白にして し おくことは,指導計画の在り方から考えて,避けなければならない。 イ ねらいの変更 年間指導計画に予定されている主題のねらいを一部変更することも考えられる。 ねらいの変更は,年間指導計画の全体構想の上に立ち,協議を経て行うことが大 切である。 ウ 資料の変更 各主題ごとに主に用いる資料は,ねらいを達成するために中心的な役割を担う ものであり,安易に変更することは避けなければならない。変更する場合は,そ のことによって一層効果が期待できるという判断を前提とし,少なくとも同一学 年の他の教師や道徳教育推進教師と話し合った上で変更することが望ましい。 --74/128-- -71- エ 学習指導過程,指導方法の変更 学習指導過程や指導方法については,児童や学級の実態などに応じて適切な方 法を開発する姿勢が大切である。しかし,基本的な学習指導過程についての共通 理解は大切なことであり,変更する場合は,それらの工夫や成果を校内研修会な どで発表するなど意見の交換を積極的に行うことが望まれる。 (9) 年間指導計画の評価と改善を計画的に行うようにする 年間指導計画が一層効果的に実行されるためには,実施の反省に基づき,上記によ り生じた検討課題を踏まえながら,全教師の共通理解の下に,年間指導計画の評価と 改善を行うことが必要である。そのためには,日常から実施上の課題を記入したり, 検討するための資料を収集したりすることにも心掛けることが大切である。 --75/128-- -72- 第4節 学級における指導計画 1 学級における指導計画の意義 学校において作成される全体計画は,全教師の参加と協力の下に,創意工夫して作 成されるが,実行される基盤は,学年及び個々の学級にある。学校における道徳教育 を効果的に行い,児童が自己の生き方についての考えを深め,よりよく生きようとす る力を育てるには,学年の共通の方針を踏まえながら学級における指導を充実させる ことが不可欠である。学級を担任する教師は,全体計画に基づいて学年の指導方針の 下に学級における指導をどのように行うのかを具体的に計画し,見通しをもって指導 に当たることが大切である。 学級における指導計画とは,全体計画を児童や学級の実態に応じて具体化するもの であり,学級において教師や児童の個性を生かした道徳教育を展開する指針となるも のである。 2 学級における指導計画の内容 学校における道徳教育を効果的に行い,充実させるためには,学級における指導計 画の作成が望まれる。それは,学校や学年の道徳教育の方針を受け,道徳教育の全体 計画に基づき,基本的には学級担任の教師が,創意工夫して作成するものである。 計画の作成に際しては,次のような事項を明確にしておくことが望まれる。 (1) 基本的把握事項 ア 学級における児童の道徳性の実態 イ 学級における児童の願い,保護者の願い,教師の願い ウ 学級における道徳教育の基本方針 (2) 具体的計画事項 ア 教師と児童の信頼関係及び児童相互の望ましい人間関係を築く方策 イ 各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動における道徳教育の概 要 ウ 学級生活における豊かな体験活動の概要 エ 学級における道徳教育に関する環境の整備の方針 オ 基本的な生活習慣に関する指導の方針 カ 他の学級・学年との連携にかかわる内容と方法 キ 家庭・地域社会等との連携及び授業公開等にかかわる内容と方法 --76/128-- -73- ク その他(例えば重点的な指導に関する具体的計画など) このような計画を表現する形式としては,これらの事項を一覧にしたり,文章化し たり,表を添付したりする方法などが考えられる。 また,学級経営案における道徳教育の記述との関連を図り,その部分を充実して表 現するような方法も考えられる。 3 学級における指導計画作成や活用上の創意工夫と留意点 学級における指導計画等を作成し,学級経営に生かすに当たっては,教師や児童及 び保護者の願いが具体的な形で生かされ,一人一人のよさを引き出し育てるための方 策が示され,学級はもちろんのこと,家庭でも有効に活用されるように工夫する必要 がある。そのために,特に次の事項に留意して創意工夫することが望まれる。 (1) 学級担任の教師の個性を重視し,伸び伸びとした学級経営を行う基盤となるよう 心掛ける。 (2) 学校の各教師が相互に見ることができるようにするとともに,保護者にも示して 理解を求めるようにする。 (3) 他の教師や保護者などの意見を取り入れ,改善したり付け加えたりする。 (4) 網羅的になることを避け,精選した内容にする。 (5) 基本的な内容を分かりやすく図式化し,児童や保護者も記述できる部分を設ける など,学級や家庭で日常的に活用できるように工夫する。 --77/128-- -74- 第5節 指導内容の重点化における配慮と工夫 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の1) (3) 各学校においては,各学年を通じて自立心や自律性,自他の生命を尊重する 心を育てることに配慮するとともに,児童の発達の段階や特性等を踏まえ,指 導内容の重点化を図ること。特に低学年ではあいさつなどの基本的な生活習 慣,社会生活上のきまりを身に付け,善悪を判断し,人間としてしてはならな いことをしないこと,中学年では集団や社会のきまりを守り,身近な人々と協 力し助け合う態度を身に付けること,高学年では法やきまりの意義を理解する こと,相手の立場を理解し,支え合う態度を身に付けること,集団における役 割と責任を果たすこと,国家・社会の一員としての自覚をもつことなどに配慮 し,児童や学校の実態に応じた指導を行うよう工夫すること。また,高学年に おいては,悩みや葛藤等の心の揺れ,人間関係の理解等の課題を積極的に取り かつとう 上げ,自己の生き方についての考えを一層深められるよう指導を工夫するこ と。 道徳教育を進めるに当たっては,児童の発達の段階や特性等を踏まえるとともに, 学校,地域等の実態や課題に応じて,学校全体及び各学年段階の指導内容ごとの重点 化を図ることが大切である。このことについては,前節までの計画の作成上の留意点 等で示している。 どのような内容を重点的に指導するかについては,最終的には,各学校において児 童や学校の実態を踏まえ工夫するものであるが,社会的な要請や今日的課題について も考慮し,次のような配慮を行うことが求められる。 1 各学年を通じて配慮すること 小学校においては,生きる上で基盤となる道徳的価値観の形成を図る指導を徹底す るとともに自己の生き方についての指導を充実する観点から,各学年を通じて,児童 の自立心や自律性,生命を尊重する心の育成に配慮することが大切である。 自立心や自律性は,児童が自己実現を目指し,人格を形成していく上で核となるも のであり,自己の生き方を広げ,人間関係を広げ,社会参画をしていく上で基盤とな る重要な要素である。特に,小学校の段階においては,児童が自己を肯定的に受け止 め,自分の生活を見直し,自立した生活をつくり,将来に向けて夢や希望をもち,よ --78/128-- -75- りよい生活や社会をつくり出していこうとする態度の育成が求められている。その際, 児童が自己理解を深め,自己を肯定的に受け止めることと,自己に責任をもち,自律 的な態度をもつことの両面を調和のとれた形で身に付けていくことができるようにす ることが重要である。 生命を尊重する心とは,自他の生命の尊厳さを感じ取り,生命あるすべてのものを かけがえのないものとして大切にしようとする心のことである。その育成は,道徳教 育の目標に生命に対する畏敬の念を生かすことを示しているように,豊かな心をはぐ い くむことの根本に置かれる重要な課題の一つである。いじめや生命を軽視するような 問題行動などが社会的な問題となっている現在,児童が生きることを喜ぶとともに, 一方で自他の生命に関する問題として老いや死などについて考え,自他共に生命の尊 さについて自覚を深めていくことは,特に重要な課題である。 2 学年段階ごとに配慮すること また,今日的な課題及び児童の発達の段階や特性等を踏まえ,基本的な生活習慣, 規範意識,人間関係を築く力,社会参画への意欲や態度などを育成するといった観点 から,各学年段階ごとに取り組むべき重点を示すことが大切である。とりわけ,規範 意識の低下やいわゆるキレる子どもの存在など,自己統制の面での課題も指摘されて いることから,社会生活を送る上で人間としてもつべき最低限の規範意識を小学校段 階からしっかりと身に付けさせていくことが求められている。 (1) 低学年 低学年の段階では,あいさつなどの基本的な生活習慣,社会生活上のきまりを身に 付け,善悪を判断し,人間としてしてはならないことをしないことについて配慮する ようにする。 この段階の児童は,小学校という全く新しい社会での生活を始めることになる。比 較的自由にふるまうことができた幼児期と違って,小学校では,様々なきまりや課題 が課せられる。この期の児童に対しては,学校での生活に適応していくとともに,例 えば,うそをつかない,人を傷つけない,人のものを盗まないなど,人としてしては ならないことや善悪について自覚でき,基本的な生活習慣や社会生活上のルールなど が身に付くようにしていくことが求められる。特に,幼児教育との接続に配慮すると ともに,家庭との連携を密にしながら,自己のよりよい生活についての考えを深める ことなどに結び付く基本的な道徳的価値を繰り返し指導することが大切である。 (2) 中学年 中学年では,集団や社会のきまりを守り,身近な人々と協力し助け合う態度を身に --79/128-- -76- 付けることに配慮することが求められる。 この段階の児童は,児童期の中でも最も活発になるといわれる。例えば,学校生活 に慣れ,行動範囲や人間関係が広がり,いたずらをすることが多く見られるようにな る。他方,社会的認識能力をはじめ思考能力が発達し,視野が拡大するとともに,内 省する心も育ってくる。感性や情操も更に発達する。低学年の重点を踏まえた指導の 充実を基本として,特に身近な人々と協力し助け合う態度への配慮が求められる。 (3) 高学年 高学年では,法やきまりの意義を理解すること,相手の立場を理解し,支え合う態 度を身に付けること,集団における役割と責任を果たすこと,国家・社会の一員とし ての自覚をもつことなどに配慮することが大切になる。 この段階は,小学校における最高学年段階に当たる。小学校教育の完成期であり, 学校における最高学年段階の児童としての自覚ある行動が求められる。なかでも, 遵 法意識をはじめとする社会生活を送る上で人間としてもつべき最低限の規範意識 じゆん を確実に身に付けさせることが求められている。この時期の児童は,知識欲も旺盛で, 集団における自己の役割の自覚もかなり進む。そこで,自己や社会の未来への夢や目 標を抱き,理想を求めて主体的に生きていく力の育成が期待される。低学年及び中学 年における指導に基づいて,中学校段階との接続も視野に入れ,特に国家・社会の一 員としての自覚を育てることを重視した適切な指導を行う必要がある。 また,この段階においては,悩みや葛藤等の心の揺れ,心理的な側面も含めた人間 かっとう 関係の理解等の課題を積極的に取り上げ,道徳的価値の自覚の中で自己の生き方につ いての考えを一層深められるような指導の工夫への配慮も重要になる。 思春期にさしかかる時期であり,自己のこれからの生活や進路への不安,友達関係 や親子の関係等の中での行き違いなど,悩みや葛藤等を感じることも多くなる。人間 かっとう としての生き方についての自覚を深めていく中学校段階との接続を意識した指導への 配慮が求められる時期でもある。このような観点から,指導内容の重点化とともに, 教材や指導方法についての工夫に配慮することが一層求められる。 --80/128-- --80/128-- -77- 第5章 道徳の時間の指導 第1節 指導の基本方針 (「第3章 道徳」の「第1 目標」 後段の再掲) 道徳の時間においては,以上の道徳教育の目標に基づき,各教科,外国語活 動,総合的な学習の時間及び特別活動における道徳教育と密接な関連を図りな がら,計画的,発展的な指導によってこれを補充,深化,統合し,道徳的価値 の自覚及び自己の生き方についての考えを深め,道徳的実践力を育成するもの とする。 道徳の時間においては,各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動に おける道徳教育と密接な関連を図りながら,年間指導計画に基づき,児童や学級の実 態に即して,人間味のある適切な指導を展開しなければならない。そのためには,以 下に述べるような指導の基本方針を確認する必要がある。 (1) 道徳の時間の特質を理解する 道徳の時間は,児童一人一人が,一定の道徳的価値の含まれるねらいとのかかわり において自己を見つめ,道徳的価値の自覚及び自己の生き方についての考えを発達の 段階に即して深め,内面的資質としての道徳的実践力を主体的に身に付けていく時間 である。このことを共通に理解して授業を工夫する。 (2) 信頼関係や温かい人間関係を基盤におく 道徳の時間の指導は,学級での温かい人間関係が基盤にあってこそ効果を発揮する。 教師と児童の信頼関係や児童相互の人間関係を育て,一人一人が自分の感じ方や考え 方を伸び伸びと表現することができる雰囲気を日常の学級経営の中でつくるようにす る。また,それを生かした授業をすることによって,人間関係を一層育てていくよう にすることが大切である。 (3) 児童が自己への問い掛けを深め,未来に夢や希望をもてるようにする 授業の全体において,資料とのかかわりや教師と児童及び児童相互のかかわりなど を通して,児童自らが自分自身への問い掛けを深めていくことによって,自らの成長 を実感することができ,自己や社会の未来に夢や希望をもち,意欲的に生きていくた めの力を身に付けていくことができるようにする。 (4) 児童の発達や個に応じた指導を工夫する 児童には,年齢相応の発達の課題があるとともに,個人差も大きいことに留意し, --81/128-- -78- 一人一人の感じ方や考え方を大切にした授業を工夫する。そして,児童が自分の生活 や自己の生き方を主体的に考えられるようにする。 (5) 道徳の時間が道徳的価値の自覚を深める 要 となるよう工夫する かなめ 学校の教育活動全体で行う道徳教育の 要 として,それらを補充,深化,統合する かなめ 役割を果たす道徳の時間の特質を踏まえ,ねらいに含まれる道徳的価値の側面から他 の教育活動との関連を把握し,それを生かした授業を工夫する。 また,内面に根ざした道徳的実践力が効果的に育成されるよう,児童の日常的な体 験はもちろんのこと,集団宿泊活動やボランティア活動,自然体験活動,地域の関係 施設等との交流活動など,多様な体験活動を生かした授業を工夫し,道徳的価値のも つ意味や大切さについて深く考えられるようにする。 (6) 道徳教育推進教師を中心とした指導体制を充実する 道徳の時間の指導を計画的に推進し,また,それぞれの授業を魅力的なものとして 効果を上げるためには,学校の全教師が協力しながら取組を進めていくことが大切で ある。校長の方針を明確にし,道徳教育推進教師を中心に指導体制の充実を図るとと もに,道徳の時間への校長や教頭などの参加,他の教師との協力的指導,保護者や地 域の人々の参加や協力などが得られるように工夫する。 (7) 児童と共に考え,悩み,感動を共有し,学び合うという姿勢をもつ 道徳は,児童のみではなく,教師自身の課題でもある。児童に教え込もうとするの ではなく,教師自らが児童と共に考え,悩み,感動を共有しながら,学んでいくとい う姿勢で授業に臨むことが大切である。また,学級での日常生活においても教師の道 徳的な在り方が求められる。 --82/128-- -79- 第2節 学習指導案の内容とその作成 1 学習指導案の内容 道徳の時間における学習指導案とは,授業をしようとする教師が,年間指導計画に 位置付けられたそれぞれの主題を指導するに当たって,児童や学級の実態に即して, 教師自身の個性を生かして作成する指導計画である。具体的には,主題のねらいを達 成するために,児童がどのように学んでいくのかを十分に考慮し,何を,どのような 順序,方法で指導し,評価し,更に指導に生かすのかなど,学習指導の構想を一定の 形式に表現したものである。 学習指導案は,教師の指導の意図や構想が最も適切に表現されることが好ましく, 各教師の創意工夫が期待される。したがって,その形式に特に決まった基準はないが, 一般的には次のような事項が取り上げられている。 (1) 主題名 原則として年間指導計画における主題名を記述する。 (2) ねらいと資料 年間指導計画を踏まえてねらいを記述するとともに資料名を記述する。 (3) 主題設定の理由 年間指導計画における主題構成の背景などを再確認するとともに,(ア) ねらいや指 導内容についての教師の考え方,(イ) それと関連する児童の実態と教師の願い,(ウ) 使用する資料の特質や取り上げた意図及び児童の実態とかかわらせた指導の方策など を記述する。 記述に当たっては,児童の肯定的な面やそれを更に伸ばしていこうとする観点から の積極的なとらえ方を心掛けるようにする。また,抽象的なとらえ方をするのではな く,児童の学習場面を予想したり,発達の段階や指導の流れを踏まえたりしながら, より具体的で積極的な生かし方を記述するようにすることが大切である。 (4) 学習指導過程 ねらいに含まれる道徳的価値について,児童が自覚を深めていくための教師の指導 と児童の学習の予想される手順を示すものである。一般的には,学習指導過程を導入, 展開,終末の各段階に区分し,児童の学習活動,主な発問と予想される児童の発言や 心の動き,指導上の留意点や支援の観点,指導の方法,評価の観点などを指導の流れ に即して記述することが多い。 (5) 他の教育活動などとの関連 --83/128-- -80- 特に関連のある教育活動や体験活動,日常生活との関連,事前の指導や事後の指導 の工夫などについて記述する。 (6) その他 例えば,評価の観点,資料分析,板書,場の設営,個別指導との関連,家庭や地域 社会との連携,校長や教頭などの参加,他の教師との協力的な指導,保護者や地域の 人々の参加や協力など,学習の特質に応じて授業が円滑に進められるよう必要な事柄 を記述する。 なお,重点的に取り上げる内容や複数の時間にわたって関連をもたせて指導する場 合は,全体的な指導の構想とその中における本時の位置付けなどについて記述するこ とが望まれる。 2 学習指導案作成の主な手順 学習指導案の作成の手順は,それぞれの状況に応じて異なるが,おおむね次のよう なことが考えられる。 (1) ねらいを検討する 指導の内容や教師の指導の意図を明らかにする。 (2) 指導の要点を明確にする ねらいに関する児童の実態と,それを踏まえた教師の願いを明らかにし,各教科等 での指導との関連を検討して,指導の要点を明確にする。 (3) 資料を吟味する 資料について,ねらいとのかかわりで道徳的価値がどのように含まれているかにつ いて検討する。例えば,人物が登場する読み物資料の場合,資料中の登場人物の行為 や心の動き,資料に対する児童の感じ方や考え方などを分析し,どのようにすれば児 童の学習意欲を高め,道徳的価値の自覚を深めることができるかなどについて多面的 に検討する。 (4) 学習指導過程を構想する ねらい,児童の実態,資料の内容などをもとに,授業の展開について考える。その 際,児童がどのような問題意識をもって学習に臨み,ねらいとする道徳的価値を追求 し,多様な感じ方や考え方によって学び合うことができるかを具体的に予想しながら, それが効果的になされるための発問や授業の全体の展開を構想する。 (5) 一人一人を生かす方法を考える 様々な表現活動,書く活動,グループでの話合い,意図的指名など,一人一人の感 じ方や考え方が生かされ,学び合うことのできる方法を工夫する。 --84/128-- -81- (6) 板書を生かす計画を立てる 多くの授業で黒板を使うと考えられるが,板書を生かす授業にあっては,ねらいに かかわって,指導の意図や資料の内容,児童の感じ方や考え方の違いなどを視覚的に 整理して生かすための工夫を検討する。 (7) 事前,事後の押さえや指導について考える 豊かな体験活動や日常的な指導,各教科等での指導との関連をはじめ事前の実態把 握や事後の個別的な指導,家庭や地域社会との連携をも含めて検討する。 3 学習指導案作成上の創意工夫 学習指導案の作成に当たっては,これらの手順を基本としながらも,更に児童の実 態,指導の内容や意図等に応じて工夫していくことが求められる。特に,重点的な指 導や体験活動を生かす指導,複数時間にわたる指導,多様な資料の活用,校長や教頭 などの参加,他の教師との協力的な指導,保護者や地域の人々の参加や協力などの工 夫が求められることから,多様な学習指導案を創意工夫していくことが求められる。 また,特に重点的な指導内容については,ねらいそのものを道徳の時間の複数の時 間にわたって位置付け,それぞれの関連を密にもたせた学習指導案や,他の教育活動 との関連を位置付けながら一連の学習過程をまとめるような学習指導案を工夫するこ とも考えられる。 更に,学習指導案は,学校の教師の共通財産ともいうべきものであり,だれが見て もよく分かるように形式や記述を工夫するとともに,研修等を通じてよりよいものへ と改善し,次回の指導に生かせるよう学校として蓄積していくことも大切である。 --85/128-- -82- 第3節 学習指導の多様な展開 1 道徳の時間の特質を生かした指導 道徳の時間の指導においては,児童一人一人が道徳的価値の自覚及び自己の生き方 についての考えを深めることで道徳的実践力を育成するという特質を十分考慮し,そ れに応じた学習の指導過程や指導方法を工夫することが大切である。それとともに, 児童が自らの道徳的な価値観の変化や成長を実感できるように工夫することが求めら れる。 道徳の時間の学習指導過程は,一般的には,以下のように,導入,展開,終末の各 段階を設定することが広く行われている。このような指導を基本とするが,いたずら に固定化,形式化することなく,弾力的に扱うなどの工夫をすることが大切である。 (1) 導入の工夫 導入は,主題に対する児童の興味や関心を高め,ねらいの根底にある道徳的価値の 自覚に向けて動機付けを図る段階であるといわれる。 具体的には,本時の主題にかかわる問題意識をもたせる導入,資料の内容に興味や 関心をもたせる導入,学習への雰囲気作りを大切にした導入などが考えられる。 (2) 展開の工夫 展開は,主題のねらいを達成するための中心となる段階であり,中心的な資料によ って,児童一人一人が,ねらいの根底にある道徳的価値についての自覚を深める段階 であるといわれる。 具体的には,児童の実態と資料の特質を押さえた発問をするとともに,資料に描か れている道徳的価値に対する児童一人一人の感じ方や考え方を生かし,児童がどのよ うな問題意識をもち,どのようなことを中心にして話し合うのかについての主題が明 確になった学習となるように心掛ける。そのためにも,事前に中心的な発問の場面等 を軸として一体となった発問の構成をすることが重要になる。 (3) 終末の工夫 終末は,ねらいの根底にある道徳的価値に対する思いや考えをまとめたり温めたり して,今後の発展につなぐ段階であるといわれる。 この段階では,学習を通して考えたことや新たに分かったことを確かめたり,学ん だことを更に深く心に留めたり,これからへの思いや課題について考えたりする学習 活動などが考えられる。 --86/128-- -83- 2 多様な学習指導の構想 道徳の時間の学習指導を構想する際には,指導する学級の実態,児童の発達の段階, 指導の内容や意図,資料の特質,他の教育活動との関連などに応じて柔軟な発想をも つことが大切である。そのことによって,例えば,次のような学習指導を構想するこ とができる。 (1) 多様な読み物資料を生かした指導 道徳の時間では,登場人物の道徳的な行為を含んだ読み物資料を用いることが広く 見られる。しかし,同じ読み物資料でも,詩,長文の物語や伝記,劇,実話,意見文 などがあり,多様な形式のものを用いることができる。その資料を学習指導で効果的 に生かすには,登場人物への共感を中心とした展開にするだけでなく,資料に対する 感動を大事にする展開にしたり,迷いや葛藤を大切にした展開,知見や気付きを得る かっとう ことを重視した展開,批判的な見方を含めた展開にしたりするなど,資料の特徴を生 かした指導の手順や学習過程の工夫が求められる。 (2) 体験の生かし方を工夫した指導 児童は,日常の生活や学校の全教育活動において様々な体験をしている。その中で, 様々な道徳的価値に触れ,感じ,考え,心を動かしている。その心の動きと道徳の時 間における指導とが響き合うようにしていくことが大切である。道徳の時間において は,児童が日常の体験を想起し実感を深めやすい資料を生かしたり,体験を想起して 発表することができるような発問を工夫したり,実物の観察等を生かした活動,コミ ュニケーションを深める活動,車椅子体験やアイマスク体験などの模擬体験や役割演 技等の表現活動を取り入れたりすることなどが考えられる。 また,集団宿泊活動やボランティア活動,自然体験活動などの学校として行う体験 活動を生かす指導の工夫も重要である。このことについては,次節に示している。 (3) 各教科等と関連をもたせた指導 例えば,国語科における物語文の学習,社会科における郷土や地域の学習,体育科 におけるチームワークを重視した学習,特別活動における集団形成の学習など,各教 科等と道徳の時間の指導のねらいが同じ方向をもつとき,学習の時期を考慮したり, 相互に関連を図ったりして指導を進めると,効果を一層高めることができる。その際, 各教科等と道徳の時間それぞれの特質が生かされた関連となるように配慮することが 大切である。 (4) 複数時間の関連を図った指導 重点的な主題の学習を進める場合や,主題や資料の性格等を考慮した結果によって は,一つの主題について複数時間扱いの指導とすることが考えられる。その場合,複 --87/128-- -84- 数の資料を連結させて用いていく進め方,中心的な資料をもとに複数時間かけて深め ていく進め方など,資料の位置付けの仕方によって多様な学習指導過程が考えられる。 また,年間にわたって複数時間取り上げる内容項目については,相互の関連を工夫す ることによって各時間の学習指導を多様に組むことができる。 (5) 学級経営と関連をもたせた指導 学級の人間関係にかかわる内容や学級の日常生活上の課題とかかわりをもたせるな ど,学級経営との関連を図った学習指導の工夫も考えられる。その際,学級での生活 が道徳の時間の学習に生かされ,道徳の時間の学習が日常生活に生きて働くような指 導過程の工夫が大切になる。学級生活における問題は直接的には特別活動における学 級活動等で取り上げられ,改善に向けた向けた指導が行われる。内容によってはそれ らとの関連を図った指導も考えられる。 (6) 家庭や地域社会との連携を図った指導 家庭や地域の題材を資料として生かした学習,家庭や地域での話合いや取材を生か した学習,地域の人や保護者の参加を得た学習など,家庭や地域社会との連携を図っ た指導を工夫することも考えられる。例えば,保護者からの手紙を生かす,地域の人 による資料提示を生かす,地域の人に向けて願いを伝えるなど,指導の工夫も多様に 広げられる。また,家庭や地域に道徳の時間の授業を日ごろから公開していくことは, この意味においても重要なことである。 (7) 図書館等の施設や校外の場所を生かした指導 道徳の時間での児童の学習に,より広がりをもたせるために,例えば,学校図書館 や公共図書館,博物館などの施設を生かした指導を構想することもできる。そこでは, 例えば,児童が実物に触れたり,資料を探し,調べたりすることなどを含む発展的な 学習が促される。また,ねらいとする内容によっては,例えば,豊かな自然のある環 境や伝統の深さを感じられる環境を生かすことで思わぬ効果をもたらすこともある。 なお,校外の施設や場所を利用する指導については,校外学習の計画の中に位置付け, 学習時間の運用が効率的になるようにするなどの配慮が必要である。 3 道徳の時間に生かす指導方法の工夫 道徳の時間に生かす指導方法には多様なものがある。ねらいを効果的に達成するに は,児童の感性や知的な興味などに訴え,児童が問題意識をもち,意欲的に考え,主 体的に話し合うことができるように,ねらい,児童の実態,資料や学習指導過程など に応じて,最も適切な指導方法を選択し,工夫して生かすことが必要である。 そのためには,教師自らが多様な指導方法を理解し,身に付けておくとともに,指 --88/128-- -85- 導に際しては,児童による学習がより効果的に生み出されるように,児童の発達の段 階などをとらえ,指導方法を吟味した上で生かすことが重要である。 指導方法の工夫の例としては,次のようなものが挙げられる。 (1) 資料を提示する工夫 資料提示の方法としては,教師による読み聞かせが一般に行われている。その際, 例えば,紙芝居のように提示したり,影絵,人形やペープサートなどを生かして劇の ようにして提示したり,音声や音楽の効果を生かしたりする工夫などが考えられる。 そのことが,特に低学年などでは理解の手助けとなる。また,ビデオなどの映像も, 提示する内容を事前に吟味した上で生かすことによって効果が高められる。 なお,多くの情報を提示することが必ずしも効果的だとは言えず,選り抜かれた情 報の提示が想像をふくらませる上で効果的な場合もあることに留意する。 (2) 発問の工夫 教師による発問は,児童の思考や話合いを深める重要な鍵になる。発問によって児 童の問題意識や疑問などが生み出され,多様な感じ方や考え方が引き出される。その ためにも,児童の意識の流れを予想し,それに沿った発問や,考える必然性や切実感 のある発問,自由な思考を促す発問などを心掛けることが大切である。その際,授業 での発問は重要なものに絞られていくことになる。 発問を構成する場合には,授業のねらいに強くかかわる中心的な発問をまず考え, 次にそれを生かすためにその前後の発問を考え,全体を一体的にとらえるようにする という手順が有効な場合が多い。その中で,児童が自ら問いを発したり,学級に問題 を提起したりするようなこともあってよい。 (3) 話合いの工夫 話合いは,児童相互の考えを深める中心的な学習活動であり,道徳の時間において も重要な役割を果たす。意見を出し合う,まとめる,比較するなどの目的に応じて効 果的に話合いが行われるよう工夫する。座席の配置を工夫したり,討議形式で進めた り,グループやペアによる話合いを取り入れたりするなどの工夫も望まれる。また, 名札の活用,同じ考えをもつ児童同士が集まるように座席の移動を行うことなどによ る一人一人の立場を明確にした話合いも効果的である。 その際,教師が話合いの全体を調整したり,それを進行したりする役割も重要であ るが,児童の話合いの能力の高まりとともに,児童相互に聞き合い,討論することが できるように工夫することが大切である。 (4) 書く活動の工夫 書く活動は,児童が自ら考えを深めたり,整理したりする機会として,重要な役割 をもつ。この活動においては,必要な時間を確保することで,児童は自分なりの取り 組み方でじっくりと考えることができる。また,学習の中で個別化を図り,児童の感 --89/128-- -86- じ方や考え方をとらえ,個別指導を進める重要な機会にもなる。更に,一冊に綴じら と れたノートなどを活用することによって,児童の学習を継続的に深めていくことがで き,心の成長の記録として活用することもできる。 (5) 表現活動の工夫 児童が表現する活動の方法としては,発表したり書いたりすることのほかに,児童 に特定の役割を与えて即興的に演技する工夫,動きやせりふの真似をして理解を深め る工夫,音楽,動作,表情などで自分の考えを表現する工夫などがよく試みられる。 低学年では,児童が人形やペープサートなどを手に持って演ずることも効果的である。 更に,実際の場面の追体験,実験や観察,調査等による表現物を伴った学習活動も実 感的な理解につながり,効果的である。 (6) 板書を生かす工夫 道徳の時間は黒板を生かして行うことが多く,板書は児童にとって思考を深める重 要な手掛かりとなる。板書は教師の伝えたい内容を示したり,その順序や構造を示し たり,内容の補足や補強をしたりするなど,多様な機能をもっている。 その機能を生かすために重要なことは,思考の流れや順序を示すような順接的な板 書だけでなく,違いや多様さを対比的,構造的に示す工夫,中心部分を浮き立たせる 工夫などを凝らすことである。特に低学年においては,黒板を劇の舞台のようにして 生かすことなども考えられる。また,教師が児童の考えを取り入れ,児童と共につく っていくような創造的な板書となるように心掛けることも大切である。 (7) 説話の工夫 説話とは,教師の体験や願い,あることについての感じ方や考え方などを語ったり, 日常の生活問題,新聞,雑誌,テレビなどで取り上げられた問題などを盛り込んで話 したりすることによって,ねらいの根底にある道徳的価値を一層主体的に考えられる ようにしようとするものである。教師が意図をもってまとまった話をすることは,児 童が思考を一層深めたり,考えを整理したりするのに効果的である。 教師が自らを語ることによって児童との信頼関係が増すとともに,教師の人間性が にじみ出る説話は,児童の心情に訴え,深い感銘を与えることができる。 --90/128-- --90/128-- -87- 第4節 道徳の時間の指導における配慮とその充実 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」) 3 道徳の時間における指導に当たっては,次の事項に配慮するものとする。 学習指導要領には,その「第3章 道徳」の第3の3において上記のように示した 後,道徳の時間の指導の一層の創意工夫と充実を図るために,配慮すべき観点につい て示している。 1 道徳教育推進教師を中心とした指導体制の充実 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の3) (1) 校長や教頭などの参加,他の教師との協力的な指導などについて工夫し,道 徳教育推進教師を中心とした指導体制を充実すること。 道徳の時間は,主として学級担任が計画的に進めるものであるが,学校や学年とし て一体的に進めるものでなくてはならない。そのために,指導に際して全教師が協力 し合う環境をつくるなどの指導体制を充実することが大切になる。道徳教育全体の推 進に当たって道徳教育推進教師を中心とした指導体制を充実する上で配慮すべきこと については第4章の第1節に示したが,道徳の時間の計画的な推進とその充実のため にも指導体制の充実は肝要である。 (1) 協力的な指導などについての工夫 道徳の時間の指導体制を充実するための方策としては,まず,道徳の時間における 実際の指導の場面において他の教師などの協力を得ることが考えられる。校長や教頭 などの参加による指導,他の教職員とのティーム・ティーチングなどの協力的な指導 を行うことや,指導内容によっては,養護教諭や栄養教諭などの協力を得ることが効 果的な場合もあると考えられる。学校の教職員が協力して指導に当たることができる ような計画づくりなどを,学校としての方針の下に道徳教育推進教師が中心となって 進めることが大切である。 また,道徳の時間を実施しやすい環境づくりに努めることも重要である。道徳の時 間に用いる教材や図書の準備,掲示物の充実,資料コーナー等の整備などを全教師が 分担して進められるように道徳教育推進教師が呼び掛けをしたり,具体的な作業の場 をつくったりすることが考えられる。 --91/128-- -88- これらのほかにも,例えば,授業を実施する上での悩みを抱える教師の相談役にな ったり情報提供をしたりして支援することや,道徳の時間に関する授業研修の実施, 道徳の時間の授業の公開や情報発信などを,道徳教育推進教師が中心となって協力し て進めることも考えられる。 道徳教育推進教師を中心とした推進体制については第4章の第1節で示していると おりであるが,道徳の時間においてその充実を図る際にも,学校として道徳教育推進 教師の位置付けを明確にするとともに,その推進を一人の教師に任せるというのでは なく,そのリーダーシップや連絡,調整の下で,全教師が主体的な参画意識をもって それぞれの役割を担うように努めることが重要である。 (2) 指導体制の充実と道徳の時間 このような指導体制の充実によって,次のような多様な利点や効果を生み出すこと ができると考えられる。 第一は,学校としての道徳の時間の指導方針が具体化され,指導の特色が明確にな ることである。毎時間の指導は,学校としての年間指導計画に基づいて計画的,発展 的に指導するものであることを,全教師が考慮しながら進めることができる。 第二は,授業を担当する全教師が,児童の実態や授業の進め方などに共通の関心や 問題意識をもって授業に臨むことができることである。その中で,教師相互の学習指 導過程や指導方法等の学び合いが促され,道徳の時間の指導の質が高められる。 第三は,学校に所属する多くの教職員が一つの学級や一人一人の児童に関心をもち, 学校全体で児童の道徳性を高めようとする意識をもつようになることである。道徳の 時間の指導の充実が,学校全体で進める道徳教育を一層充実させる力となる。 各学校においては,道徳の時間の実施状況やそこに見られる課題を押さえた上で, このような利点や効果が広く生み出されるように,道徳教育推進教師を中心として見 通しをもった取組を推進することが望まれる。 2 体験活動を生かすなどの指導の充実 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の3) (2) 集団宿泊活動やボランティア活動,自然体験活動などの体験活動を生かすな ど,児童の発達の段階や特性等を考慮した創意工夫ある指導を行うこと。 学習指導要領には,「第1章 総則」の第1の2の後段において,道徳教育を進め る上での配慮事項として,「集団宿泊活動やボランティア活動,自然体験活動などの 豊かな体験を通して児童の内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しなけれ --92/128-- -89- ばならない」と示している。 学校では,これらのほかにも,伝統や文化にかかわる体験,勤労生産にかかわる体 験などを,総合的な学習の時間や特別活動等で進めている。また,低学年の段階では, 生活科等の中で多様な体験を通した学習が進められる。これらの活動は,活動するだ けで終わらせることなく,事前に体験活動を行うねらいや意義を児童に十分に理解さ せ,活動についてあらかじめ調べたりすることなどにより意欲をもって活動できるよ うにするとともに,事後に感じたり気付いたりしたことを自己と対話しながら振り返 り,まとめたり,伝え合ったりすることなどにより他者と体験を共有したり,広い認 識につなげたりすることができるようにする。このことは,それぞれの学習活動での 工夫を図ることを通して一層の充実が図られなければならない。 (1) 道徳の時間と体験活動 これらの体験活動の中では,その活動の内容に応じて様々な道徳性がはぐくまれて いる。道徳の時間においては,この体験活動を効果的に生かすことによって,道徳的 価値の自覚を深める指導が一層充実する。道徳の時間は体験活動を踏まえて,児童が 様々な道徳的価値に気付き,その意味や大切さについて考えを深める 要 の時間とし かなめ て重視していくべきであり,道徳の時間で直接的な体験活動そのものを行うのではな いことに留意する必要がある。 (2) 体験活動を生かすなどの道徳の時間の指導 道徳の時間で体験活動を生かす方法は多様に考えられ,各学校で児童の発達の段階 等を考慮して計画に位置付け,実施できるようにすることが大切である。 例えば,ある体験活動の中で感じたことや考えたことを道徳の時間の話合いに生か すことで,指導の場をつなげ,児童の関心を深める方法などが考えられる。学校が計 画的に実施する体験活動によって児童は体験を共有することができ,学級の全児童が 共通の関心などをもとに問題意識を高めて学習に取り組むことが可能になる。また, 体験活動の活動内容と似た題材等を道徳の時間で生かし,それぞれの指導相互の効果 を高める工夫も考えられる。 低学年では,生活科等の中で,身近にいる多様な人々とかかわったり,自然への関 心を強めたりしており,その直接体験の機会につなげた道徳の時間の指導が考えられ る。また高学年になると,集団宿泊活動等が行われ,その中で協力する体験,交流す る体験,自然に親しむ体験などが多様に行われる。そのような体験における活動の深 まりを,道徳の時間での資料に基づく話合いに意図的に生かしたりする。このように, 発達の段階等を考慮して創意工夫ある指導を行うことが大切である。 3 魅力的な教材の開発や活用 --93/128-- -90- (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の3) (3) 先人の伝記,自然,伝統と文化,スポーツなどを題材とし,児童が感動を覚 えるような魅力的な教材の開発や活用を通して,児童の発達の段階や特性等を 考慮した創意工夫ある指導を行うこと。 道徳の時間の目標の達成を図り,児童に充実感をもたらすような生き生きとした指 導を進めるためには,道徳の時間の資料となる魅力的な教材を多様に開発し,その効 果的な活用に努めることが大切である。 (1) 道徳の時間に生かす教材 道徳の時間に生かす教材は,児童が道徳的価値の自覚を深めていくための手掛かり として極めて大きな意味をもっている。また児童が人間としての在り方や生き方など について多様に感じ,考えを深め,互いに学び合う共通の素材として重要な役割をも っている。 したがって,道徳の時間に用いられる教材の具備すべき要件として,まず次の点を 満たすことが大切である。 ア 人間尊重の精神にかなうもの イ ねらいを達成するのにふさわしいもの ウ 児童の興味や関心,発達の段階に応じたもの エ 多様な価値観が引き出され深く考えることができるもの オ 特定の価値観に偏しない中立的なもの また,教材を選定する教師自身が感動を覚えてこそ,よい教材であるといえる。児 童がより学習に意欲的に取り組み,学習への充実感をもち,道徳的価値の自覚を深め ることができるようにするために,更に次のような要件を具備する教材を選択するよ う心掛ける。 ア 児童の感性に訴え,感動を覚えるようなもの イ 人間の弱さやもろさに向き合い,生きる喜びや勇気を与えられるもの ウ 生や死の問題,先人が残した生き方の知恵など人間としてよりよく生きること の意味を深く考えさせられるもの エ 体験活動や日常生活等を振り返り,道徳的価値の意義や大切さを考えることが できるもの オ 悩みや葛藤等の心の揺れ,人間関係の理解等の課題について深く考えることが かっとう できるもの カ 多様で発展的な学習活動を可能にするもの 道徳の時間において,児童が道徳的価値の自覚を深めるとともに,そのことを通し --94/128-- -91- て自己の生き方についての考えを一層深めることができるように,これらの要件を備 えた多様な教材の開発と活用が期待される。 (2) 教材の開発と活用の創意工夫 教材の開発に当たっては,日常から報道や書籍,身近なできごと等に強い関心をも つとともに,柔軟な発想をもち,教材を広く求める姿勢をもつことが大切である。 具体的には,先人の伝記,自然,伝統と文化,スポーツなどを題材として,児童が 感動を覚えるような教材の発掘に努めることが求められる。 先人の伝記には,多様な生き方が織り込まれ,生きる勇気や知恵などを感じること ができるとともに,人間としての弱さを吐露する姿などにも接し,生きることの魅力 や意味の深さについて考えを深めることができる。また,自然を題材としたものには, 自然の偉大さや生命の尊さなど,感性に訴えるものが多く,伝統と文化を題材とした ものには,その有形無形の美しさに郷土や国への誇り,愛情を感じさせるものが多い と考えられる。そして,スポーツを題材としたものは,今,実際に活躍するアスリー トなどのチャレンジ精神や力強い生き方,苦悩などに触れて道徳的価値や生き方につ いての自覚を深めることができる。 これらのほかにも,例えば,名作,古典,随想,民話,詩歌などの読み物,地域の 文化やできごと等に取材した郷土資料,地域住民が実際に児童に語り聞かせるなどの 生きた教材,映像ソフト,映像メディアやインターネットなどの情報通信ネットワー クを利用した教材,実話,写真,劇,漫画,紙芝居などの多彩な形式の教材,児童自 らが話合いをつくっていくことができる教材,複数時間にわたる指導に生かすことが できる教材など,多様なものが考えられる。 また,児童が身に付ける道徳の内容をわかりやすく表し,道徳的価値について自ら 考えるきっかけとなるものとして作成された「心のノート」の適切な活用が望まれる。 教材の開発に当たっては,道徳の時間の特質を生かした展開が可能となるよう,活 用を視野に入れた工夫が求められる。 このような教材が多様に開発されることを通して,その生かし方もより創意あるも のになり,児童自身のその主体的な活用が促される。例えば,地域の人を招いて協力 しながら学習を進める,情報機器を生かして学習する,疑似体験活動を取り込んで学 習する,授業の展開に中心的に位置付ける教材だけでなく補助的な教材を組み合わせ てそれらの多様な性格を生かし合うなど,様々な創意工夫が生み出される。そのため にも,開発された教材については,その内容や形式等の特徴を押さえ,授業に資料と して位置付けたとき,児童がその内容をどのように受け止めるかを予想するなどして, 提示の工夫,発問の仕方の工夫等を併せて検討しておくことが大切である。 4 言葉を生かし考えを深める工夫 --95/128-- -92- (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の3) (4) 自分の考えを基に,書いたり話し合ったりするなどの表現する機会を充実 し,自分とは異なる考えに接する中で,自分の考えを深め,自らの成長を実感 できるよう工夫すること。 学校の教育活動全体で言葉を生かした教育の充実が求められている。言葉は,知的 活動だけでなく,コミュニケーションや感性,情緒の基盤である。道徳の時間におい ても,その言葉を生かした教育についての充実が図られなければならない。 (1) 道徳の時間における言葉 道徳の時間の学習では,中心的な資料が生かされ,児童の体験や資料に対する感じ 方や考え方を交えながら話合いを深めることが学習活動の中心となることが多い。そ の意味からも,道徳の時間における言葉の役割はきわめて大きいといえる。 国語科では言葉にかかわる基本的な能力が培われるが,道徳の時間は,このような 能力を基本に,資料や体験などから感じたこと,考えたことをまとめ,発表し合った り,討論や討議などにより意見の異なる人の考えに接し,協同的に議論したり,意見 をまとめたりする。例えば,資料の内容や登場人物の気持ちや行為の動機などを考え る。友達の考えを聞いたり,自分の考えを伝えたり,話し合ったり,書いたりする。 さらに,学校内外での様々な体験を通して感じ,考えたことを,道徳の時間に言葉を 用いて生かし合ったりする。これらの中で,言葉の能力が生かされ,一層高められて いく。 したがって,道徳の時間においては,このような言葉の能力を総動員させて学習に 取り組ませることが,ねらいを達成する上できわめて重要であると考えられる。 (2) 自分の考えを基に表現する機会の充実 話合いは,道徳の時間に最もよく用いられる指導方法であるが,話合いを深めるた めには,児童それぞれに自分の考えをもたせ,効果的に表現させるなどの工夫が必要 である。 ア 児童に自分の考えをもたせる 児童に自分の考えをもたせるためには,何について考えるのかを指導者が明確 に示す必要がある。例えば,読み物資料であれば,どの場面での,どの登場人物 の,どのような行為や,判断,動機などの何について考えるのかをより的確に, より具体的に示さなければならない。そのためには,指導者自身が,読み物資料 の構造や表現の意図,そこに含まれる道徳的価値や人間観を深く理解し,さらに, 児童の発達の段階や実態を考慮に入れ,児童一人一人が資料の内容をつかみ,自 分の考えをもつことができるようにすることが大切である。 --96/128-- -93- イ 自分の考えを基に書いたり話し合ったりする 自分の考えをもっている児童がそれを表現できるかというと,必ずしもそうで はない。したがって,日ごろから,何でも言い合え,何でも認め合える学級の雰 囲気をつくるとともに,教師が受容的な姿勢をもつことが大切であり,場合によ っては話合いの一定のルールなどを身に付けさせることも必要になる。また,自 分とは異なった考えに接する中で学習が深まるということを,日ごろの経験を通 して実感させるように努めることが求められる。 また,話合いとともに,書くことも重要である。児童は書きながら考えており, 児童にとって書くことは考えることであるとも言える。また,そのことによって, それまで曖昧であった自分の考えが徐々に整理されたり,日ごろは忘れている体 験や自分自身のことを思い出したりする。これらの意義を意識した活動を取り入 れることにより,児童は道徳的価値をより強く自分とのかかわりでとらえること ができるようになる。 これらの活動を深めるには,先に示した話合いの工夫,書く活動の工夫,表現 活動の工夫等,多様な指導方法を効果的に生かすことが望まれる。 (3) 児童が自ら成長を実感できるようにする工夫 児童が道徳的な成長を自ら実感する場合,一単位時間の指導の中での成長について 実感するときと,以前の自分自身と比較しての長期にわたる自己の成長を実感すると きがある。長期にわたる成長は,例えば書いた内容などの一定期間の変化等によって 実感することができるが,道徳の時間の一時間の指導の中において児童が自己の成長 を実感することは難しい場合が多い。そこで,学習を通して児童が何に気付いたり, 何を理解したり,どのような考えや思いが深まったりするのかを予想して授業に臨む ようにすることが重要になる。 実際の指導に当たっては,効果的な方法を生かして成長が実感できるように工夫す ることが望まれる。例えば,学習を通して,はじめの段階と自分がどう変わったかが 分かるような書く活動の工夫,児童が想定したもう一人の自己に問い掛けて考えを深 める自己内対話の工夫などが考えられる。また,事前に以前の様子を想起できるよう な具体的な材料を収集したり,児童に収集させたりしておき,それを生かして学習を 進める工夫なども考えられる。 --97/128-- -94- 5 情報モラルの問題に留意した指導 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の3) (5) 児童の発達の段階や特性等を考慮し,第2に示す道徳の内容との関連を踏ま え,情報モラルに関する指導に留意すること。 社会の情報化が進展し,コンピュータや携帯電話等が普及することにより,情報の 収集や表現,発信などが容易にできるようになったが,その一方で,情報化の影の部 分が深刻な社会問題になっている。児童は,学年が上がるにつれて,次第にそれらを 日常的に用いる環境の中に入っており,学校や児童の実態に応じた対応が学校教育の 中で求められる。これらは,学校の教育活動全体で取り組むべきものであるが,道徳 の時間においても同様に,情報モラルに関する指導に配慮していかなくてはならない。 (1) 情報モラルと道徳の内容 情報モラルとは情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方と態度ととらえ ることができ,その内容としては,個人情報の保護,人権侵害,著作権等に対する対 応,危険回避やネットワーク上のルール,マナーなどが一般に指摘されている。 道徳の時間においては,第2に示す道徳の内容との関連を踏まえて,例えば,情報 モラルに関する題材を生かしたり,情報機器のある環境を生かしたりするなどして指 導に留意することが求められる。道徳の内容との関連を考えるならば,例えば,ネッ ト上の書き込みのすれ違いなど他者への思いやりや礼儀の問題及び友人関係の問題, 情報を生かすときの法やきまりの 遵 守に伴う問題など,多岐にわたっている。特に, じゆん 情報機器を使用する際には,自分のことを明らかにしなくとも情報のやりとりができ るという匿名性に伴って,使い方によっては相手を傷つけるなど,人間関係に負の影 響を及ぼすこともある。小学生の段階も少しずつそのような環境の中に入っていく時 期であることを押さえて指導上の配慮をしていく必要がある。 各学校においては,児童や地域の実態等を踏まえ,指導に際して配慮すべき内容に ついて検討していくことが重要である。 (2) 情報モラルへの配慮と道徳の時間 情報モラルに関する指導について,道徳の時間では,その特質を生かした指導の中 での配慮が求められる。 指導に際しては,情報モラルにかかわる題材を生かして話合いを深めたり,コンピ ュータによる疑似体験を授業の一部に取り入れたり,児童の生活体験の中の情報モラ ルにかかわる体験を想起させたりする工夫などが考えられる。創意ある多様な工夫が 生み出されることが期待される。 --98/128-- -95- 具体的には,例えば,相手の顔が見えないメールと顔を合わせての会話との違いを 理解し,メールなどが相手に与える影響について考えるなど,インターネット等に起 因する心のすれ違いなどを題材とした指導が考えられる。また,ネット上の法やきま りを守れずに引き起こされた出来事などを題材として授業を進めることも考えられる。 その際,その問題の根底にある他者への共感や思いやり,法やきまりのもつ意味など について児童が考えを深めることができるように働き掛けることが重要になる。 なお,道徳の時間は,道徳的価値の自覚及び自己の生き方についての考えを深める ことを通して道徳的実践力を育成する時間であるとの特質を踏まえ,例えば,情報機 器の使い方やインターネットの操作,危険回避の方法やその際の行動の具体的な練習 を行うことにその主眼をおくのではないことに留意する必要がある。 --99/128-- -96- 第6章 教育活動全体を通じて行う指導 第1節 指導の基本方針 (「第1章 総則」の「第1 教育課程編成の一般方針」の2 再掲) 2 学校における道徳教育は,道徳の時間を要 として学校の教育活動全体を通 かなめ じて行うものであり,道徳の時間はもとより,各教科,外国語活動,総合的な 学習の時間及び特別活動のそれぞれの特質に応じて,児童の発達の段階を考慮 して,適切な指導を行わなければならない。 (中略) 道徳教育を進めるに当たっては,教師と児童及び児童相互の人間関係を深め るとともに,児童が自己の生き方についての考えを深め,家庭や地域社会との 連携を図りながら,集団宿泊活動やボランティア活動,自然体験活動などの豊 かな体験を通して児童の内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しな ければならない。その際,特に児童が基本的な生活習慣,社会生活上のきまり を身に付け,善悪を判断し,人間としてしてはならないことをしないようにす ることなどに配慮しなければならない。 学校における道徳教育は,道徳の時間を 要 とし,各教科,外国語活動,総合的な かなめ 学習の時間,特別活動などあらゆる教育活動を通じて,児童一人一人の道徳性の育成 を図るものである。各学校においては,児童が自らはぐくむ道徳性が自己の生き方の 指針として統合されるように,教育活動全体を通じて行う道徳教育と,それらを補充, 深化,統合する道徳の時間の指導とが,十分に関連をもって機能するようにしなけれ ばならない。学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育は,それぞれの活動の特質に 応じて効果的に展開される。そのための全体を通じての指導の基本方針としては,特 に次の諸点が挙げられる。 (1) 各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動の特質に応じた道徳性の 育成を図る 各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動には,それぞれ固有の目標 や内容がある。しかし,それらはすべて,児童の豊かな人格の形成につながるもので ある。したがって,教育活動全体を通じて行う道徳教育では,それぞれの教育活動の 特質に応じて,道徳的な心情や判断力,実践意欲と態度などの道徳性の育成に努める 必要がある。 --100/128-- --100/128-- --100/128-- -97- (2) 教師と児童の信頼関係と児童相互の人間関係の充実を図る 学校教育のあらゆる場を通して,教師と児童の信頼関係をはぐくみ,児童相互の人 間関係の充実を図ることは,道徳教育の基本である。教師には,すべての教育活動に おいて,一人一人の児童に温かく接し,共に考え,悩み,夢や感動を共有するという 基本姿勢が求められる。そして,各教育活動の特質に応じて児童相互の交流を深め, 互いに節度をもち,伸び伸びと生活する中で,認め合い,助け合い,励まし合い,協 力し合う態度を育てることが重要である。 (3) 児童自ら道徳性をはぐくみ,自己の生き方についての考えを深めるようにする 児童は,様々な場面で道徳性をはぐくんでいる。学校教育全体において,各教育活 動の特質に応じて,児童の豊かな心を育てる指導を一層充実させる必要がある。その ためには,共に学ぶ楽しさや自己の成長に気付く喜びを大切にして,自らが成長を実 感し,これからの課題や目標が見付けられるような指導を工夫することにより,各教 科等の学習が自らの生き方に深くかかわることを実感できるようにするなど,道徳教 育に資する学習を充実させなければならない。そして,それらの学習と道徳の時間に おける道徳的価値の自覚を深める学習とが関連し合うようにすることが大切である。 (4) 豊かな体験活動を通して児童の内面に根ざした道徳性を育成する 小学校段階は,道徳的成長のために直接的な体験を必要とする時期である。集団宿 泊活動やボランティア活動,自然体験活動など,児童が体全体で対象に働きかけ,か かわることにより,心が動かされ,新たな気付きや見方の広がりをもたらすような豊 かな体験の充実が求められる。各教育活動の特質や児童の興味・関心に応じた豊かな 体験を通して,調和のとれた形で児童の内面に根ざした道徳性が育成されるようにす ることが大切である。 (5) 社会生活上のきまりや基本的なモラルについての指導を充実する 学校の教育活動全体を通して人間としてよりよく生きていくための道徳性を育成す る視点に立って,基本的な生活習慣や社会生活上のきまり,基本的なモラルの育成な どにかかわる道徳的実践の指導を心掛けなければならない。小学校では,特に低学年 段階から,社会生活上のきまりを身に付け,善悪を判断し,人間としてしてはならな いことをしないことなどについて考えられるように,全教育活動を通じて繰り返し指 導する必要がある。そして,日常生活の中で児童自らが自律的で責任ある行動をとる ことができるように,家庭や地域社会とも連携を図って指導していくことが大切である。 (6) 学級や学校の環境の充実・整備による指導を充実する 児童の道徳性の育成において,環境の与える影響は極めて大きい。児童が日々生活 する学級や学校の環境は,道徳性の育成に直接,間接に影響するものである。学校や 学級における道徳教育の基本方針が反映されるような望ましい雰囲気を醸成し,適切 な環境を整備することが必要である。 --101/128-- -98- 第2節 各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動 における指導 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」) 2 第2に示す道徳の内容は,児童が自ら道徳性をはぐくむためのものであり, 道徳の時間はもとより,各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活 動においてもそれぞれの特質に応じた適切な指導を行うものとする。その際, 児童自らが成長を実感でき,これからの課題や目標が見付けられるよう工夫す る必要がある。 学習指導要領では,各教科,外国語活動,総合的な学習の時間及び特別活動のそれ ぞれにおいて,道徳教育の目標に基づき,道徳の内容について,各教科等の特質に応 じて適切な指導をすることとしている。各教科等は,よりよい人格形成のためにあり, 各教科等の目標に基づいてそれぞれに固有の指導を充実させる過程で,道徳性がはぐ くまれる。そのことを考え,見通しをもって指導することが重要である。 各教科等の指導を通じて児童の道徳性を養うための視点として,以下の3点を挙げ ることができる。 (1) 道徳教育と各教科等の目標,内容及び教材とのかかわり 道徳教育の目標や内容と各教科等の目標,内容及び教材とのかかわりを通した道徳 性の育成が考えられる。 各教科等の目標や内容には,児童の道徳性の育成に関係の深い事柄が直接,間接に 含まれている。各教科等において道徳教育を適切に行うためには,まず,それぞれの 特質に応じて道徳教育にかかわる側面を明確に把握する必要がある。それらに含まれ る道徳的価値を意識しながら指導することにより,道徳教育の効果も一層高めること ができる。 (2) 学習活動や学習態度への配慮 各教科等では,それぞれの学習場面において,活動への取組の姿勢がはぐくまれ, 学習態度や学習習慣が育てられていく。その視点から,児童が伸び伸びとかつ真剣に 学習に打ち込めるよう留意し,学級の雰囲気や人間関係が思いやりがあり,自主的か つ協力的なものになるよう配慮することが大切である。話合いの中で自分の考えをし っかりと発表すると同時に友達の意見に耳を傾けること,各自で,あるいは協同して 課題に最後まで取り組むことなどは,各教科等の学習効果を高めるとともに,望まし い道徳性を育てることにもなる。さらに,未来に向けて,児童が直面する課題に主体 --102/128-- -99- 的に取り組む姿勢を育てるためにも,このような学習態度の習慣化が必要になる。 (3) 教師の態度や行動による感化 日常の各教科等の指導における教師の態度や行動は,児童の道徳性の育成に大きな 影響を与える。教師の用いる言葉や児童への接し方などは,児童の道徳性が育つより よい学級の雰囲気や環境をつくるとともに,児童の人格の形成に直接,間接に影響を もつものである。また,教師の授業に臨む姿勢や熱意は,授業中の様々な態度や行動 となって現れる。それは,児童の態度や行動にも反映し,学級の雰囲気をつくる。例 えば,真理や学ぶことへの姿勢は,教師の姿から学ばれることが多い。それは,教師 の内にある探究心や真理に対する謙虚さが,児童の実践意欲を触発するからである。 教師は,授業内容の指導に力を入れると同時に,道徳の目標や内容に示されている精 神を自らが授業の中で実践するよう心掛ける必要がある。 1 各教科及び外国語活動における指導 (「第2章 各教科」の第1節から第9節及び「第4章 外国語活動」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の1) ※以下は国語科の事例。他教科等も同様に示している。 (7) 第1章総則の第1の2及び第3章道徳の第1に示す道徳教育の目標に基づ き,道徳の時間などとの関連を考慮しながら,第3章道徳の第2に示す内容に ついて,国語科の特質に応じて適切な指導をすること。 (1) 道徳教育と各教科及び外国語活動 学習指導要領には,第2章の各教科の節及び第4章の外国語活動における第3「指 導計画の作成と内容の取扱い」の1に,共通して上記のように示された。学習指導要 領に示されている各教科等の目標と道徳教育との関連をみると,特に次のような点を 指摘することができる。 ア 国語科 国語科においては,目標を「国語を適切に表現し正確に理解する能力を育成し, 伝え合う力を高めるとともに,思考力や想像力及び言語感覚を養い,国語に対する 関心を深め国語を尊重する態度を育てる。」と示している。 国語による表現力と理解力とを育成するとともに,人間と人間との関係の中で, 互いの立場や考えを尊重しながら言葉で伝え合う力を高めることは,学校の教育活 動全体で道徳教育を進めていく上で,基盤となるものである。また,思考力や想像 力及び言語感覚を養うことは,道徳的心情や道徳的判断力を養う基本になる。さら --103/128-- -100- に,国語を尊重する態度を育てることは,伝統と文化を尊重し,それらをはぐくん できた我が国と郷土を愛することなどにつながるものである。 なお,第2章「第1節 国語」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」3 (2)には,教材選定の観点として,道徳性の育成に資する項目を国語科の特質に応 じて示している。 イ 社会科 社会科においては,目標を「社会生活についての理解を図り,我が国の国土と歴 史に対する理解と愛情を育て,国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成 者として必要な公民的資質の基礎を養う。」と示している。 地域の社会生活及び地域の発展に尽くした先人の働きなどについての理解を図り, 地域社会に対する誇りと愛情を育てることや,我が国の国土と歴史に対する理解と 愛情を育てることは,伝統と文化を尊重し,それらをはぐくんできた我が国と郷土 を愛することなどにつながるものである。また,国際社会に生きる平和で民主的な 国家・社会の形成者としての自覚をもち,自他の人格を尊重し,社会的義務や責任 を重んじ,公正に判断しようとする態度や能力などの公民的資質の基礎を養うこと は,主として集団や社会とのかかわりに関する内容などと密接なかかわりをもつも のである。 ウ 算数科 算数科においては,目標を「算数的活動を通して,数量や図形についての基礎的 ・基本的な知識及び技能を身に付け,日常の事象について見通しをもち筋道を立て て考え,表現する能力を育てるとともに,算数的活動の楽しさや数理的な処理のよ さに気付き,進んで生活や学習に活用しようとする態度を育てる。」と示している。 児童が日常の事象について見通しをもち筋道を立てて考え,表現する能力を育て ることは,道徳的判断力の育成にも資するものである。また,数理的にものごとを 考えたり処理したりすることを生活や学習に活用しようとする態度を育てることは, 工夫して生活や学習をしようとする態度を育てることにも資するものである。 エ理科 理科においては,目標を「自然に親しみ,見通しをもって観察,実験などを行い, 問題解決の能力と自然を愛する心情を育てるとともに,自然の事物・現象について の実感を伴った理解を図り,科学的な見方や考え方を養う。」と示している。 栽培や飼育などの体験活動を通して自然を愛する心情を育てることは,生命を尊 重し,自然環境を大切にする態度の育成につながるものである。また,見通しをも って観察,実験を行うことや,問題解決の能力を育て,科学的な見方や考え方を養 うことは,道徳的判断力や真理を大切にしようとする態度の育成にも資するもので ある。 --104/128-- -101- オ 生活科 生活科においては,目標を「具体的な活動や体験を通して,自分と身近な人々, 社会及び自然とのかかわりに関心をもち,自分自身や自分の生活について考えさせ るとともに,その過程において生活上必要な習慣や技能を身に付けさせ,自立への 基礎を養う。」と示している。 自分と身近な人々,社会及び自然と直接かかわる活動や体験を通して,自然に親 しみ,生命を大切にするなど自然とのかかわりに関心をもつこと,自分のよさや可 能性に気付くなど自分自身について考えさせること,生活上のきまり,言葉遣い, 振る舞いなど生活上必要な習慣を身に付け,自立への基礎を養うことなど,いずれ も道徳教育と密接なかかわりをもつものである。 カ 音楽科 音楽科においては,目標を「表現及び鑑賞の活動を通して,音楽を愛好する心情 と音楽に対する感性を育てるとともに,音楽活動の基礎的な能力を培い,豊かな情 操を養う。」と示している。 音楽を愛好する心情や音楽に対する感性は,美しいものや崇高なものを尊重する 心につながるものである。また,音楽による豊かな情操は,道徳性の基盤を養うも のである。 なお,音楽の共通教材は,我が国の伝統や文化,自然や四季の美しさや,夢や希 望をもって生きることの大切さなどを含んでおり,道徳的心情の育成に資するもの である。 キ 図画工作科 図画工作科においては,目標を「表現及び鑑賞の活動を通して,感性を働かせな がら,つくりだす喜びを味わうようにするとともに,造形的な創造活動の基礎的な 能力を培い,豊かな情操を養う。」と示している。 つくりだす喜びを味わうようにすることは,美しいものや崇高なものを尊重する 心につながるものである。また,造形的な創造による豊かな情操は,道徳性の基盤 を養うものである。 ク 家庭科 家庭科においては,目標を「衣食住などに関する実践的・体験的な活動を通して, 日常生活に必要な基礎的・基本的な知識及び技能を身に付けるとともに,家庭生活 を大切にする心情をはぐくみ,家族の一員として生活をよりよくしようとする実践 的な態度を育てる。」と示している。 日常生活に必要な基礎的な知識や技能を身に付け,生活をよりよくしようとする 態度を育てることは,生活習慣の大切さを知り,自分の生活を見直すことにつなが るものである。また,家庭生活を大切にする心情をはぐくむことは,家族を敬愛し, --105/128-- -102- 楽しい家庭をつくり,家族の役に立つことをしようとすることにつながるものであ る。 ケ 体育科 体育科においては,目標を「心と体を一体としてとらえ,適切な運動の経験と健 康・安全についての理解を通して,生涯にわたって運動に親しむ資質や能力の基礎 を育てるとともに健康の保持増進と体力の向上を図り,楽しく明るい生活を営む態 度を育てる。」と示している。 集団でのゲームなど運動することを通して,粘り強くやり遂げる,きまりを守る, 集団に参加し協力する,といった態度が養われる。また,健康・安全についての理 解は,生活習慣の大切さを知り,自分の生活を見直すことにつながるものである。 コ 外国語活動 外国語活動においては,目標を「外国語を通じて,言語や文化について体験的に 理解を深め,積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り,外国 語の音声や基本的な表現に慣れ親しませながら,コミュニケーション能力の素地を 養う。」と示している。 外国語を通じて,言語や文化について体験的に理解を深めることは,日本人とし ての自覚をもって世界の人々と親善に努めることにつながるものである。 (2) 道徳の時間と各教科及び外国語活動 次に,道徳教育の 要 としての道徳の時間の指導と各教科等における指導との関連 かなめ を考慮する必要がある。 各教科等における指導の目標,内容や教材が,道徳の時間の指導のねらい,主題, 資料とのかかわりが見られ,関連を図ることにより効果を高めることが期待できる場 合などは,指導時期の配慮などを通して指導の工夫を図ることが大切である。また, 道徳の時間で取り上げたことに関係のある内容や教材を各教科等の時間で扱う場合に は,道徳の時間における指導の成果を生かすように工夫しながら指導することも考え られる。そのためにも,道徳の時間及び各教科等の年間指導計画の作成などに際して, 道徳教育の全体計画との関連,指導の内容及び時期等に配慮し,両者が相互に効果を 高め合うようにすることが大切である。 2 総合的な学習の時間における指導 (「第5章 総合的な学習の時間」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の1) (9) 第1章総則の第1の2及び第3章道徳の第1に示す道徳教育の目標に基づ き,道徳の時間などとの関連を考慮しながら,第3章道徳の第2に示す内容に ついて,総合的な学習の時間の特質に応じて適切な指導をすること。 --106/128-- -103- (1) 道徳教育と総合的な学習の時間 総合的な学習の時間においては,目標を「横断的・総合的な学習や探究的な学習を 通して,自ら課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,よりよく問題を 解決する資質や能力を育成するとともに,学び方やものの考え方を身に付け,問題の 解決や探究活動に主体的,創造的,協同的に取り組む態度を育て,自己の生き方を考 えることができるようにする。」と示している。 総合的な学習の時間の内容は,各学校で定めるものであるが,国際理解,情報,環 境,福祉・健康などの現代社会の課題や,児童の興味・関心に基づく課題,地域や学 校の特色に応じた課題などが考えられる。児童が横断的・総合的な学習や探究的な学 習を通して,このような現代社会の課題などに取り組み,これらの学習が自己の生き 方を考えることにつながっていくことになる。 また,総合的な学習の時間においては,横断的・総合的な学習や探究的な学習を通 して,主体的に判断して学習活動を進めたり,粘り強く考え解決しようとしたりする 資質や能力,自己の目標を実現しようとしたり,他者と協調して生活しようとしたり する態度を育てることも重要であり,このような資質や能力及び態度の育成は道徳教 育につながるものである。 (2) 道徳の時間と総合的な学習の時間 総合的な学習の時間では,横断的・総合的な学習や探究的な学習を通して道徳性の 育成が図られる。一方,道徳の時間では,道徳的価値の自覚及び自己の生き方につい ての考えを深めるという視点から基本的な道徳的価値の全般にわたって自覚を図る授 業が展開される。総合的な学習の時間における学習活動を通して,道徳の時間におけ る道徳的価値の自覚が深まる場合や,道徳の時間の授業において取り扱う主題と総合 的な学習の時間の学習活動とを関連付け,道徳的価値の自覚を図る場合などが考えら れる。 児童の道徳性がより発展的,調和的に育っていくよう,道徳の時間と総合的な学習 の時間における道徳教育との関連を図り,全体として道徳教育を充実していく必要が ある。 --107/128-- -104- 3 特別活動における指導 (「第6章 特別活動」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の1) (4) 第1章総則の第1の2及び第3章道徳の第1に示す道徳教育の目標に基づ き,道徳の時間などとの関連を考慮しながら,第3章道徳の第2に示す内容に ついて,特別活動の特質に応じて適切な指導をすること。 (1) 道徳教育と特別活動 特別活動においては,目標を「望ましい集団活動を通して,心身の調和のとれた発 達と個性の伸長を図り,集団の一員としてよりよい生活や人間関係を築こうとする自 主的,実践的な態度を育てるとともに,自己の生き方についての考えを深め,自己を 生かす能力を養う。」と示している。この目標には,心身の調和のとれた発達と個性 の伸長,自主的,実践的な態度,自己の生き方についての考え,自己を生かす能力な ど道徳教育がねらいとする内容と共通している面が多く含まれており,道徳教育との 結び付きは極めて深い。とりわけ,特別活動における学級や学校生活における望まし い集団活動や体験的な活動は,日常生活における道徳的実践の指導をする重要な機会 と場であり,道徳教育に果たす役割は大きい。 具体的には,例えば,自分勝手な行動をとらずに節度ある生活をしようとする態度, 自己の役割や責任を果たして生活しようとする態度,よりよい人間関係を築こうとす る態度,みんなのために進んで働こうとする態度,自分たちで約束をつくって守ろう とする態度,目標をもって諸問題を解決しようとする態度,自己のよさや可能性に自 信をもち集団活動を行おうとする態度などは,集団活動を通して身に付けたい道徳性 である。また,児童の悩み,学級や学校生活における葛藤などの道徳性に関する問題 かっとう は,学級活動における指導と深いかかわりがある。 特に,学級活動の内容に示した〔第1学年及び第2学年〕の「仲良く助け合い学級 生活を楽しくする」や〔第3学年及び第4学年〕の「協力し合って楽しい学級生活を つくる」,〔第5学年及び第6学年〕の「信頼し支え合って楽しく豊かな学級や学校 の生活をつくる」は,第3章道徳の第2に示す「2 主として他の人とのかかわりに 関すること」や,「4 主として集団や社会とのかかわりに関すること」のうち,か かわりの深い内容項目を踏まえたものである。また,学級活動の指導計画の作成に当 たっては,「第3章道徳の第3の1の(3)に示す道徳教育の重点などを踏まえるこ と」と示している。このように学級活動においては,〔共通事項〕の(1)の「学級や 学校の生活づくり」の内容として,学級や学校における生活上の諸問題の解決,学級 内の組織づくりや仕事の分担処理,学校における多様な集団の生活の向上を示してい --108/128-- -105- る。この活動は,児童がよりよい生活を築くために,諸課題を見いだし,これを自主 的に取り上げ,協力して解決していく自発的,自治的な活動である。このような児童 による自発的,自治的な活動は,望ましい人間関係の形成やよりよい生活づくりに参 画する態度などにかかわる道徳性を身に付けることができる。 また,学級活動の〔共通事項〕の(2)の「日常の生活や学習への適応及び健康安 全」の内容としては,希望や目標をもって生きる態度の形成,基本的な生活習慣の形 成や望ましい人間関係の形成,清掃などの当番活動等の役割と働くことの意義の理解, 学校図書館の利用,心身ともに健康で安全な生活態度の形成,食育の観点を踏まえた 学校給食と望ましい食習慣の形成を示している。これらのことについて,自らの生活 を振り返り,自己の目標を定め,努力して健全な生活態度を身に付けようとすること は,道徳性の育成に密接なかかわりをもっている。 そのほか,児童会活動においては,児童会の計画や運営,異年齢集団による交流, 学校行事への協力などを通して,学校生活の充実と向上を図る活動が行われる。異年 齢の児童が学校におけるよりよい生活を築くために,諸問題を見いだし,これを自主 的に取り上げ,協力して解決していく自発的,自治的な児童会活動は,異年齢による 望ましい人間関係の形成やよりよい学校生活づくりに参画する態度などにかかわる道 徳性を身に付けることができる。 クラブ活動においては,クラブの計画や運営,クラブを楽しむ活動,クラブの成果 を発表する活動など,異なる学年や学級の児童により,共通の興味・関心を追求する 活動が行われる。異年齢の交流を深め,協力して共通の興味・関心を追求する自発的, 自治的なクラブ活動は,異年齢による望ましい人間関係の形成や個性の伸長,よりよ いクラブ活動づくりに参画する態度などにかかわる道徳性を身に付けることができる。 学校行事においては,学校生活に秩序と変化を与え,学校生活の充実と発展に資す る体験的な活動を通して,望ましい人間関係を形成し,集団への所属感や連帯感を深 め,公共の精神を養い,協力してよりよい学校生活を築こうとする自主的,実践的な 態度を育てる指導がなされる。特に,ボランティア精神を養う活動や自然の中での集 団宿泊体験,幼児,高齢者や障害のある人々などとの触れ合いや文化や芸術に親しむ 体験を通して,望ましい人間関係,自律的態度,心身の健康,協力,責任,公徳心, 勤労,社会奉仕などにかかわる道徳性の育成を図ることができる。 (2) 道徳の時間と特別活動 特別活動は,道徳の時間に育成した道徳的実践力について,よりよい学級や学校の 生活や人間関係を築こうとする実践的な活動の中で実際に言動に表すとともに,集団 の一員としてのよりよい生き方についての考えを深めたり,身に付けたりする場や機 会でもある。そして,児童が特別活動における様々な活動において経験した道徳的行 為や道徳的実践について,道徳の時間にそれらについて取り上げ,学級の児童全体で --109/128-- -106- その道徳的意義について考えられるようにし,道徳的価値として自覚できるようにし ていくこともできる。さらに,道徳の時間での指導が特別活動における具体的な活動 場面の中に生かされ,具体的な実践や体験などが行われることによって,道徳的実践 力と道徳的実践との有機的な関連を図る指導が効果的に行われることにもなる。 特に,今回の学習指導要領の改訂によって,特別活動の目標に,道徳の時間の目標 と共通に,「自己の生き方についての考えを深め」を示したことを踏まえ,それぞれ の指導方法などの違いを十分に理解した上で,道徳の時間との関連を図って日常生活 における道徳的実践の指導の充実を図る必要がある。 特別活動における「自己の生き方についての考えを深める」とは,実際に児童が実 践活動や体験的な活動を通し,現在及び将来にわたって希望や目標をもって生きるこ とについてや,他者と共生しながら生きていくことなどについての考えを深め,集団 の一員としての望ましい認識をもてるようにすることであり,読み物資料などを通し て自己の生き方についての考えを深める道徳の時間とは区別して指導する必要がある。 なお,道徳の時間と特別活動との安易な関連付けは,逆に双方の学習効果を低める ことになりかねない。両者の特質をしっかり理解した上で,それぞれの特質を生かし て関連付けることが必要である。 具体的には,例えば,集団宿泊活動において,実際に寝食を共にする体験やよりよ い生活を築くための話合い活動を繰り返し行った際に,他者と共生しながら生きてい くことなどについての考えを深め,「楽しく生活するためには,だれとでも仲良くし, 協力することが大切だ」とか,「集団としての意見をまとめるためには,広い心で自 分と異なる意見や立場を大切にする必要がある」などの望ましい認識がもてるように するとともに,このような認識に基づいて実際に行動や態度に表すことができるよう 指導することなどが考えられる。 これらは,特別活動において道徳性の育成にかかわる実践的な活動や体験的な活動 を積極的に取り入れ,活動そのものを充実させることによって道徳性の育成を図ろう とするものである。そして,このような体験活動における道徳的価値の大切さを自覚 し,自己の生き方についての考えを深めるという視点から実践的な活動や体験的な活 動を考えることができるように道徳の時間を工夫し,連携を図っていく必要がある。 --110/128-- --110/128-- -107- 第3節 その他の教育活動における指導 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」) 4 道徳教育を進めるに当たっては,学校や学級内の人間関係や環境を整えると ともに,学校の道徳教育の指導内容が児童の日常生活に生かされるようにする 必要がある。(以下略) 1 日常的な生活の場面における指導 日常生活の全体が児童の道徳性をはぐくむ機会である。学校における授業以外の日 常的な生活の場面には朝の始業前,休憩時間,放課後の時間などのように児童が自由 に行動できるものと,給食の時間,朝や帰りの話合いの時間,清掃の時間などのよう にある一定の行為が課されているものとがある。しかし,児童にとっては,授業と比 べてどちらもありのままの姿を出しやすい状態におかれ,教師と自由に話すことので きる機会も多い。この場を活用し,児童の実態を把握したり,児童の発達の段階や特 性等に応じて,あいさつなどの基本的な生活習慣,礼儀等の生活上のきまり,人間と してしてはならないことをしないことなどを身に付けたり,教師と児童及び児童相互 の人間関係を深めたりすることが大切である。また,自由に行動できる時間であって も,教師が共感的な姿勢で接したり,毅然とした態度を示したりするなど,内面に根 き ざした指導をすることも大切である。このような経験が道徳性の育成にとって大きな 役割を果たす。 例えば,朝や帰りの時間に,読書の時間や歌,スピーチ,簡単なゲーム,うれしか ったことの発表などを取り入れたり,教師自身もうれしかったことや願い,夢や希望 などを語ったりしていくようにする。そのような工夫をすることによって,学級全体 が温かな心の通い合うものになっていくと同時に,道徳的価値のたがやしがなされる ことになる。 また,給食の時間や清掃の時間等の当番活動などのときには,児童の自発性を引き 出し,与えられた仕事をしっかりとやり遂げることを通して,みんなのために働き工 夫して生活することなど,社会参画の態度につながる素地を培うことができる。 休憩時間や放課後の時間などは,児童がほっとする時間でもあるため,自由に行動 できるようにすることが大切であるが,教師が児童に個別に対応できる絶好の機会で もある。例えば,授業において,気になる発言をしたり,いつもと違う様子を見せた --111/128-- -108- りする児童がいるがそのままになっているとか,その発言を取り上げたいが時間がな いとか,児童と心の交流を図る上で,授業後に対応しなければならないと思うことが ある。また,児童が危険なことや人間関係の中でしてはならないことをしているよう なときは,強く戒めたり,諭したりする。そのような個別的で共感的な対応や毅然と き した対応を休憩時間等を活用して行うことによって,信頼関係も深まっていく。 このような日常的な場面は,児童一人一人において家庭や地域社会での日常生活と 連続している。大切なことは,学校と家庭や地域社会とが共通の方針に基づいて基本 的な生活習慣や規範意識等をはぐくむことである。そのためにも,相互が共通理解し ながら連携し,協力していくことも重要である。 2 人間関係の充実 児童の道徳性は,日々の人間関係の中で培われる。学校や学級における人的な環境 は,主に教師と児童及び児童相互のかかわりにおいて形成される。人間関係に関する 指導においては,特に道徳の内容の2の視点「主として他の人とのかかわりに関する こと。」に含まれる内容項目が実践できるような状況をつくるように心掛ける必要が ある。 (1) 教師と児童の人間関係 教師と児童の人間関係においては,教師に対する児童の尊敬と,児童に対する教師 の教育的愛情,そして相互の信頼が基本になる。したがって,教師には児童を尊重し 受容する態度及び児童の成長を願う教育的愛情が不可欠である。また,教師自身がよ りよく生きようとする姿勢をもつことによって,自己を常に向上させようとしている 児童の強い共感を呼び,それが信頼関係の強化につながる。これらのためにも,教師 と児童が共に語り合うことのできる場を日常から設定し,児童を理解する有効な機会 となるようにしていくことが大切である。 (2) 児童相互の人間関係 児童相互の人間関係を豊かにするには,相互の交流を深め,互いが伸び伸びと生活 できる状況をつくることが大切である。児童一人一人が互いに認め合い,助け合い, 励まし合い,学び合う場と機会を積極的に設けるとともに,児童の人間関係が常に変 化していることを踏まえ,座席換えやグループ編成の在り方などについて不断の見直 しを図る必要がある。また,異学年間の交流を図ることは,児童相互による道徳教育 の機会を増すことになる。 (3) 様々な人との人間関係 学校における人間関係として,これらのほかに,学校で働く人や学校を訪問する保 --112/128-- -109- 護者や地域の人々などと児童との交流がある。学校では,学年や学校全体,更に家庭 や地域社会と連携して,幅広い人とのかかわりをを生み出していくことが求められる。 様々な人と触れ合い,多様な人間関係を体験すること自体が,相手への配慮や思いや り,協力や感謝の気持ちなどの道徳性を高める重要な機会となる。そのことを意識し た指導が望まれる。 3 教室や校舎・校庭等の環境の整備 教室や校舎・校庭などの物的な環境は,上記の人的な環境とともに児童の道徳性の 育成に深くかかわっている。児童が日々目にするものが,心に深く刻まれるからであ る。児童が学級や学校を学習し生活する場として自覚し,そのための環境整備に努め ることが,まず基本的に求められる。そのためには児童が豊かな心を育て,学校の風 土をつくり,道徳的実践への意欲を高めるのに役立つものになるよう,次のような工 夫が望まれる。 (1) 環境美化や整理整頓 とん 環境美化や整理整頓の指導においては,まず,それらを自分たちの問題としてとら とん えることができるようにすることが大切である。自分たちの環境を自分たちで整える 態度は望ましい社会参画への第一歩でもある。また,やり終えた後の心地よさを味わ わせることも忘れてはならない。清掃の時間,全校美化活動などによる環境美化,緑 化のための栽培活動なども見通しをもって行うことが大切である。 また,掃除が行き届いた教室や廊下,季節ごとの花が咲く学校園,教材・教具がき ちんと納められている棚などは,児童に安心感と心の温かさを生み出すことができる。 (2) 愛校心や郷土への愛着を深める環境づくり 学校には,学校や地域の歴史,卒業生の作品,古くから大事にされている記念碑な ど,様々な環境がある。また,教師や保護者をはじめ,地域の人々や先輩などが児童 に託する願いを表した掲示や作品の設置,児童が共同制作した作品や様々な学習の成 果の展示を工夫することができる。それらは,児童が学校のへの所属感を高めるとと もに,学校への親愛の情や地域や郷土への愛着を深めることにもつながる。 (3) 道徳性の育成にかかわる情報などの掲示 また,学校や学級においては,道徳的な学習情報に関する展示を工夫することも望 まれる。例えば,学校や学級の目標やきまりに関する掲示,児童の考えや意見に関す る掲示,道徳の学習内容に関する資料等の掲示など様々な工夫が考えられる。特に児 童が積極的にかかわることのできる応答的な環境をつくることが求められる。また, 掲示による図書の紹介,生活の合い言葉や標語の紹介などを通して,言語環境を整え --113/128-- -110- たり豊かにしたりしていくことも大切である。 更に,音楽や造形など美的な情報を養うことを主とした環境,社会的な問題への関 心を高める報道資料を生かした環境,自己の生き方と重ねて考えを深めることができ る先人のメッセージなどを生かした環境なども,児童の道徳性をはぐくむ環境として 効果的である。 --114/128-- -111- 第7章 家庭や地域社会との連携 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」再掲部分を含む) 4 道徳教育を進めるに当たっては,(中略)学校の道徳教育の指導内容が児童の 日常生活に生かされるようにする必要がある。また,道徳の時間の授業を公開し たり,授業の実施や地域教材の開発や活用などに,保護者や地域の人々の積極的 な参加や協力を得たりするなど,家庭や地域社会との共通理解を深め,相互の連 携を図るよう配慮する必要がある。 道徳教育は,学校,家庭,地域社会の三者がそれぞれの役割を果たすことによって, その充実を一層図ることができる。社会における価値観の多様化が一層進んでいると いわれる現在,道徳教育における三者の連携はますますその重要性を増している。 学校は,まず,家庭や地域社会が道徳教育において果たす役割を十分に認識する必 要がある。そして,そのことを踏まえ,家庭や地域社会との交流を密にし,協力体制 を整えるとともに,具体的な連携の在り方について多様な方法を工夫していくことが 必要である。 第1節 家庭や地域社会における道徳教育とその役割 児童の道徳性は家庭や地域社会を含めたすべての環境の影響によってはぐくまれる ものであり,とりわけ,基本的な生活習慣の確立や規範意識などの基本的な倫理観の 育成,道徳的実践の指導の面では家庭や地域社会の果たす役割は大きい。 1 家庭における道徳教育 家庭は,人格の基礎を形成する場として重要である。子どもは,乳幼児期からの具 体的な体験を通して,保護者に愛着をもつとともに,基本的信頼感をはぐくむみそれ に基づいて心が発達する。家庭で身に付ける基本的な生活習慣や価値観は,その後の 学校生活や社会への適応などにも大きな影響を与える。 (1) 人間らしい生き方の基本の学習 家庭は子どもの人格形成の源となる場であり,主体性をはぐくむ上で心の支えとな る場所である。子どもたちは,礼儀,感謝,思いやりなど人間としての生活に必要な --115/128-- -112- 基本的な道徳的価値を身に付ける。また,家の仕事の分担など子ども自身が担うべき 役割を責任をもって行うことにより,家族の役に立つ喜びや満足感を得ることができ る。そして,主として学校生活の中で,社会性や協調性,社会生活上のきまりや基本 的モラルなどのより幅広い道徳的価値を身に付けていく。学校におけるそうした学習 などを定着させ,より積極的に取り組もうとする姿勢を温かく支えるのは,家庭であ る。 しかし,子どもを取り巻く環境の急激な変化と価値観の多様化が家庭生活にも及び, 子どもの心は不安定になっている。学校が家庭と共に補い合い連携しながら,一貫し た道徳教育を進めることが,特に重要である。 (2) 基本的なしつけ 家庭における道徳教育の基本は,しつけである。しつけの基盤には,保護者の愛情 が不可欠である。子どもをかけがえのない人格として尊重し,温かな愛情で包み込む とともに,保護者自身が信念をもち,毅然とした態度で,善悪や正邪の区別などを正 き し,生命を尊重する心,他者への思いやりや社会性,倫理観や正義感などが身に付け られるよう自ら実践しつつ,保護者として求められるやさしさと厳しさをもって,し つけに当たることが望まれる。 そのためにも,保護者が平素からコミュニケーションを密にして,信頼の絆をはぐ くみながら,一貫した態度と信念をもち,おおらかな態度で子どもに接していくこと が重要になる。 また,家庭における道徳教育は,親と子など家族間の心の交流が実体験を通して深 められることが重要である。したがって,家族が一緒に過ごす時間を工夫し,食卓を 囲み食事を楽しんだり,読み聞かせをして共に想像の世界を広げたりするなど,家庭 内で豊かな会話がなされるように,学校からも直接的,間接的に働き掛けていくこと が望まれる。 2 地域社会における道徳教育 地域社会は,様々な人々や集団,多様な文化に触れ,活動しながら,人格を形成し ていく場として重要である。また,急激な社会の変化の中で行動範囲を広げ,多様な 情報に接しながら生きている児童の現実を考えるとき,地域社会が担っている道徳教 育の役割は大きい。 (1) 豊かな体験の機会の拡大 子どもの体験不足が様々な問題を招いている現状から,地域社会において豊かな体 験の機会を増やしていくことが求められている。例えば,近隣の高齢者との触れ合い --116/128-- -113- を通して,高齢者への尊敬や慈しみの心を育てる。近所の子どもたちとの遊びを通し て,集団生活の在り方を学ぶ。公園で花を育てたり掃除をしたりすることから,自然 愛や公徳心を育てる。このような異年齢集団や異世代の人々との交流など,地域社会 における体験の場は数多く考えられる。 また,乳幼児との触れ合いや自然の中での動植物との触れ合いなどを通して,生命 の尊さや生命を育てることの苦労を実感する機会をもつ。さらに,異年齢集団の中で 行われる体験活動,スポーツ・文化活動,青少年団体の活動などに積極的に参加する ことによって,思いやりや自主性,忍耐力や社会性,規範やきまりなどを学ぶことが できる。特に,豊かな自然の中で行われる体験活動は,自然への畏敬の念をはぐくみ, い ボランティア活動は,国際協力,環境保護,高齢社会への対応といった社会問題への 意識を高めることができる。また,働く人々の様子を実際に見学したり,働く体験を したりすることを通して,人としての真摯な生き方や人間の創意工夫のすばらしさ, し 協働して物を生み出す営みや勤労の大切さを感得することもできる。 地域には,そのような体験の機会を提供したり,活動を支えたりする各種団体があ り,そこでは,そのための指導者養成や研修事業の推進,施設の整備充実を図ってい るはずである。学校としても,それらとの連携を保つとともに,情報提供や援助など の働き掛けをしていくことが望まれる。 (2) 保護者が子育てを学ぶ機会の拡大 子どもに伝えるべき価値などに確信をもてない保護者などに対して,同じ地域に住 む人々が共に支え合い,子どもを共に育てるために,望ましい子育ての心構えについ て考え学ぶ機会を提供していくように働き掛け,協力していくことが望まれる。経験 者を交えて保護者同士が学び合ったり,必要に応じて専門家を交えて話し合ったりで きるしくみをつくっていくことも大切である。 地域社会における道徳教育は,地域の人々との生活の中にある。児童の生活圏に暮 らす地域の大人の生活や児童に向けられるまなざしが大きく関与している。学校では, 地域の人々の児童理解を深め,多くの子どもたちとかかわりがもてるように地域住民 に働き掛けることはもちろんのこと,地域の自治会や商店会,青少年委員,各種青少 年団体,企業,NPO法人等の関係諸機関などとの連携が深められるようかかわること も求められる。 --117/128-- -114- 第2節 家庭や地域社会との連携による道徳教育 学校と家庭,地域社会との連携による指導の効果を高めるには,保護者や地域の人 々との共通理解が欠かせない。また,地域にある団体や施設,企業や学校等との連携 も重要になる。学校で指導した内容は,家庭や地域の生活の中に反映されなければな らないし,逆に家庭や地域での生活が学校の生活に生かされなければならない。 1 家庭や地域社会との協力体制 今日の学校は,地域の教育・文化の拠点としての役割を担っている。これからの学 校教育は,地域に開かれた教育を積極的に展開し,家庭,地域社会と連携した道徳教 育を推進する必要がある。そのためには,地域の教育や文化を共に創り育てるという 意識の下に,よりよい協力体制をつくっていく必要がある。 (1) 主に学校が中心となる連携の推進 学校と家庭,地域社会との連携を成功させるには,まず,道徳教育の意義について の啓発活動を推進することが大切である。その際,共に子どもを育てているという意 識がもてるように工夫する。子どもの道徳性の育成においては,家庭教育や地域での 教育が大切なことを訴え,学校と連携していくことの重要性を理解してもらうことが 大切である。 協力体制を充実させていくには,日ごろの交流が不可欠である。互いの願いや活動 を理解し合うために,「いつでもどこでも」を合い言葉とした開かれた学校の雰囲気 をつくり,授業公開への取組や,広報活動や相互交流の場を増やし定例化していくこ となどが望まれる。例えば,PTAや地域の人々との協力によって,道徳教育について 共に語る会を定例化し,子どもの道徳性の発達や願いについて話し合う機会をもつ。 そして,それらの話合いから生まれた問題点などに着目した体験活動を企画し,分担 しながら運営していくことも効果的である。共通の課題を生み出していくことによっ て,連携の絆や信頼関係が深まり,真の協力体制がつくられていく。 また,道徳性の育成にかかわる講演会や道徳の時間の授業の公開,地域の人々の参 加や協力,地域の諸行事を生かした学校の教育活動等を具体的に進めていくことが, このような協力体制の原動力となる。 (2) 主に家庭や地域社会が中心となる連携への支援 教育の専門機関としての学校は,責任をもって指導していく立場にあるが,常にす べてを担うものではない。家庭における四季折々の習慣的な取組,地域社会における 諸行事や活動の機会をとらえて,それと学校の諸活動との関連を図った活動や,学校 --118/128-- -115- が支援する側に回るような取組も必要である。 例えば,学校が家庭と一体となって地域の公共団体や企業等が企画する諸行事に参 加したり,共に学んでいく場を設定したりすることなどが考えられる。学校において は,事前に諸活動の実態を把握し,年間の指導計画との関連を図り,各家庭への周知 や啓発などの支援をすることが大切になる。 さらに,三者がそれぞれの機能を融合的に発揮する取組も必要である。学校の施設 を活用して地域の行事を企画し,その運営にPTAや児童会,地域の企業やNPO法人等の 諸団体が共に加わるような取組が可能である。学校やPTAの年間活動計画と地域の実 態との関連を考慮し,各々のねらいと活動の役割分担を明確にして取組むような配慮 が求められる。 (3) 小学校間や異校種等との連携を生かした推進 近隣の学校と連携し,それに基づく交流の機会を充実することも重要になる。道徳 教育は,地域が基盤となって,生涯にわたって子どもの生き方を支え続けるものであ り,その意味からもこの連携を充実することが大切である。 連携の形としては,例えば,小学校間の連携が考えられる。各学校がある地域の生 活文化や伝統,行事等は共通していることが多く,小学校間の共通理解に基づく連携 は,地域における道徳教育推進の大きな力となる。 また,幼稚園や保育所,中学校や高等学校,特別支援学校などとの異校種間の連携 を図ることによって,各学校を含む地域が一体となって子どもの心をはぐくむ活動を 進めることも考えられる。異年齢の子どもとの触れ合い,障害のある子どもと障害の ない子どもの日常的な交流などの場を積極的につくりだしていくことは,相互に人格 と個性を尊重し,支え合う共生社会の実現に大きな役割を果たすことにもなる。 2 多様な連携の創意工夫 家庭や地域社会との連携を充実していくには,多様な連携の在り方を考え,学校及 び家庭や地域の実態に合った方法を工夫していく必要がある。具体的には,次のよう な事柄が考えられる。 (1) 家庭や地域社会との共通理解を深める工夫 まず,学校の道徳教育と,家庭や地域社会で進める道徳教育との共通理解を図るた めの工夫が求められる。 ア 方針や様子を伝え要望などを聞く まず,学校通信や学年通信,インターネットのホームページ等で,学校の道徳 教育の方針や諸計画,児童の成長の様子がうかがえるような取組などを伝え,共 --119/128-- -116- に考えるよう呼び掛けをしていくことが考えられる。地域の理解を広げるために, それらの内容を地域の掲示板や回覧する情報などに含めることも考えられる。さ らに,保護者会などの機会に児童の声を伝え,保護者と道徳教育に関する考え方 を相互交流することも大切である。その際,調査結果を示したり,要望等のアン ケートを集めたり,質問に答えたりするなどして,積極的に心のつながりをつく っていくことが望まれる。重要なのは,双方向からの情報が発信できるように心 掛けることである。 イ 道徳の時間の授業を公開する 道徳の時間は道徳教育の 要 であり,その授業を公開することは,学校におけ かなめ る道徳教育への理解と協力を家庭や地域社会から得るためにも,きわめて大切で ある。実施の方法としては,通常の授業参観の形で行う方法,保護者会等の機会 に合わせて行う方法,授業を参観した後に協議会を伴わせる方法などが考えられ る。また,保護者が児童と同じように授業を受ける形で参加したり,児童と対話 したりするような形式の工夫は,共通理解を一層深めることが期待できる。この ような道徳の時間の授業の公開を学校の年間計画に位置付け,保護者だけでなく, 地域の人々にも呼び掛けて,多くの参観を得られるような工夫をすることが望ま れる。 ウ 共に学ぶ場をつくる 家庭では,保護者が児童の養育に悩んだり,しつけに困っていたりする場合が ある。そこで,PTA等の協力を得るなどして家庭間の情報交換の機会を設定する ことが考えられる。PTAや地域の団体等が主催する家庭教育にかかわる講習会や 講演会等に教師が協力したり,参加したりしていくことも期待される。また,こ のような企画を,道徳の時間の授業の公開と併せて実施することも考えられる。 授業の中の児童の様子を話題にしながら道徳教育の在り方などについて話し合う ことができ,道徳教育についての理解の一層の深まりにつなげることができる。 (2) 道徳の時間への積極的な参加や協力を得る工夫 道徳の時間は家庭や地域社会との連携を進める重要な機会でもある。その実施や教 材の開発や活用などに保護者や地域の人々の参加や協力を得られるよう配慮していく ことが求められる。 ア 授業の実施への保護者の協力を得る 保護者は児童の養育に直接かかわる立場であり,その協力を得た授業の工夫が 考えられる。上記のように,授業に児童と同じ立場で参加してもらうことの他に, 講師として,またメッセージを伝える役目としての協力を得ることもある。授業 前に,アンケートや児童への手紙等の協力を得たり,事後の指導に関して依頼し たりするなどの方法も考えられる。特に,家族愛や基本的な生活習慣をはぐくむ --120/128-- --120/128-- -117- 指導にかかわる授業では生かしたい方法である。 イ 授業の実施への地域の人々や団体等の協力を得る 地域の人々,社会で活躍する人々に授業の実施への協力を得ることも効果的で ある。例えば,特技や専門知識を生かした話題や児童へのメッセージを語る講師 の役割として協力を得る方法がある。青少年団体等の関係者,福祉関係者,自然 活動関係者,スポーツ関係者,伝統文化の継承者,国際理解活動の関係者,企業 関係者,NPO法人を運営する人などを授業の講師として招き,実体験に基づいて 分かりやすく語ってもらう機会を設けることは効果的である。そのために,日ご ろから,そのような人々の情報を集めたリスト等を作成しておくことは,こうし た活動の円滑化に役立つ。その際,児童が講師の話を聞くだけでなく,質問した り考えを伝えたり話し合ったりするなどの,一定の時間を確保しておく配慮が大 切である。また,見通しのある実施のために計画に位置付けておくことも重要に なる。 ウ 地域教材の開発や活用への協力を得る 地域の先人,地域に根付く伝統と文化,行事,民話や伝説,歴史,産業,自然 や風土などを題材とした教材を開発する場合に,地域でそれらに関することに従 事する人や造詣が深い人などに協力を得ることが考えられる。教材の開発だけで なく,授業でそれを資料として活用する場合にも,例えば,資料を提示するとき に協力を得る,話合いを深めるために解説や実演をしてもらう,児童の質問を受 けて回答してもらうなどの工夫が考えられる。 (3) 地域全体で道徳教育を推進する工夫 学校が家庭や地域社会と一体となって取り組む道徳教育についても多様な工夫が考 えられる。児童や地域等の実態に応じて,効果的な方法に取り組むことが期待される。 ア 多様な人との交流を深める 多様な人と触れ合い,交流を深めること自体が,道徳教育にとって重要な意味 をもつ。学校の諸行事への招待,朝会や集会における講話など,児童が校内で地 域の人々と直接かかわる場面を増やしていくことはもとより,学校の外での交流 の場を充実することも大切である。地域の高齢者施設や諸団体との交流など,相 手の都合にも配慮しながら計画に位置付け,交流を深めることが望まれる。 イ 地域での企画・運営に参加したり諸団体と連携したりする 例えば,地域で行う大会,祭りなどの諸行事に参加し,地域において編成され た異年齢集団や異世代集団の一員として参加するような機会が考えられる。また, 参加するだけでなく,児童会やPTAと地域の諸団体が協力して企画・運営するこ ともある。具体的には,地域で行う自然体験,防災訓練に学校ぐるみで参加した り,文化施設等の行う学習活動,家庭教育学級の企画などに学校として参加した --121/128-- -118- りすることなどが考えられる。その際,地域の行事の性格や内容を事前に把握し, 学校の目標や年間の指導計画との関連を明確にしておくことが大切である。 また,地域には公民館,図書館,青少年教育施設など様々な社会教育施設があ る。そこでは,自然体験,職業体験,スポーツ交流等,多様な企画が提供されて いる。さらに,地域の各種団体,企業,NPO等が児童の道徳性の育成にかかわる 試みを進めている。それらの独立した運営を重視しながら,学校と連携した指導 の場をつくっていくことが考えられる。 ウ 家庭や地域と一体となって道徳性を高める実践活動を推進する 地域全体で,生活習慣や礼儀,社会生活上のモラルを身に付けるなど,道徳性 を高める実践活動を推進することが考えられる。方法としては,早寝早起きや食 事に関する生活習慣等を身に付ける活動,あいさつを促す運動,リサイクルや地 域清掃等の環境美化にかかわる活動などがあり,地域の実態に応じて取り組まれ る。また,地域が全体としていくつかの約束事や標語を決めて掲示するなど,心 を育てる環境づくりをすることも考えられる。 特に,情報メディアの急速な普及に伴う問題が子どもの心の成長に負の要因に なっているといわれる現在,子どもの心の健全育成に大人の責任として対応して いくためにも,地域の人々全体の意識の向上にもつながる活動や運動に協力して いくことが求められている。 --122/128-- -119- 第8章 児童理解に基づく道徳教育の評価 (「第3章 道徳」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」) 5 児童の道徳性については,常にその実態を把握して指導に生かすよう努める 必要がある。ただし,道徳の時間に関して数値などによる評価は行わないもの とする。 第1節 道徳教育における評価の意義 教育における評価は,常に指導に生かされ,結果的に児童の成長につながるもので なくてはならない。「第1章 総則」の「第4 指導計画の作成等に当たって配慮す べき事項」の2の(11)では,「児童のよい点や進歩の状況などを積極的に評価する とともに,指導の過程や成果を評価し,指導の改善を行い学習意欲の向上に生かすよ うにすること」と示している。 また,道徳教育における評価については,「第3章 道徳」の第3の5において, 「児童の道徳性については,常にその実態を把握して指導に生かすよう努める必要が ある」と示している。一人一人の児童の道徳性が道徳教育の目標や内容を窓口として, どのように成長したかを明らかにするよう努めることが大切である。 つまり,道徳教育における評価は,教師が児童の人間的な成長を見守り,児童自身 が自己のよりよい生き方を求めていく努力を評価し,それを勇気付ける働きをもつも のであるといえる。それは,客観的な理解の対象とされるものではなく,教師と児童 の温かな人格的な触れ合いやカウンセリング・マインドに基づいて,共感的に理解さ れるべきものである。 それゆえ,「第3章 道徳」の第3の5に,上記に続けて「道徳の時間に関して数 値などによる評価は行わないものとする」と示している。これは,道徳性は,人格の 全体にかかわるものであり,数値などによって不用意に評価してはならないことを特 に明記したものである。 したがって,教師は,道徳の時間においてもこうした点を踏まえ,それぞれの指導 のねらいとのかかわりにおいて児童の心の動きの変化などを様々な方法でとらえ,そ れによって自らの指導を評価するとともに,指導方法などの改善に努めることが大切 である。 --123/128-- -120- 第2節 道徳性の理解と評価 1 評価の基本的態度 道徳性は,児童の人格全体にかかわり,人間性が表れたものである。したがって, その理解や評価においては,きわめて慎重な態度が求められる。もちろん教師には, 偏見や独断によらず,児童の道徳性をできるだけ正確に理解し評価する目を養うこと が要求されるが,いくつかの調査の結果を過信して,児童の道徳性を客観的に理解し 評価し得たかのように思い込むことは厳に慎むべきである。それらの調査の結果もま た,教師と児童の関係によって左右されるものだからである。 教師にとって最も重要なのは,児童は一人一人がよりよく生きる力をもっていると いう信念と,児童の成長を信じ願う姿勢をもつことである。そして,教師自らが心を 開き,児童と心と心の触れ合いをもとうと努めることである。児童一人一人がもつよ りよく生きる力を信じ,そのような存在としての児童を無条件に尊重し,受容する関 係の中で,児童が自己のよりよい生き方を求めていく力は存分に発揮される。 また,その際大切にすべきことは,児童自身が自己の姿をどのように理解し,自己 のよりよい生き方を求めていく意欲や努力をどのように評価しているかを児童の立場 に即して理解しようとすることである。そうすることで,児童の意欲や努力をその内 面から支えていくことが可能になるからである。 道徳性の理解は,このような教師と児童の心の触れ合いの中でなされる共感的な理 解によるべきである。後に述べる様々な道徳性の理解や評価の方法によって得られた ものも,こうした共感的な理解を豊かなものにする資料として位置付けられる。 2 評価の観点と方法 (1) 評価の観点 道徳性は本来,児童の人格全体にかかわるものであり,いくつかの要素に分けられ るものではない。しかし,その理解や評価に当たっては,指導の目標,ねらいや内容 をその窓口とするが,それとともに,道徳的心情,道徳的判断力,道徳的実践意欲と 態度及び道徳的習慣などの観点から分析することが多い。 道徳的心情については,道徳的に望ましい感じ方,考え方や行為に対して,あるい は逆に,道徳的に望ましくない感じ方,考え方や行為に対して,児童がどのような感 情をもっているか等を把握する必要がある。 道徳的判断力については,道徳的諸価値についてどのようにとらえているか,また, --124/128-- -121- 道徳的な判断を下す必要がある問題場面に直面した際に,児童がどのように思考し判 断するか等を把握する必要がある。 道徳的実践意欲と態度については,学校や家庭での生活の中で,道徳的によりよく 生きようとする意志の表れや行動への構えが,どれだけ芽生え,また定着しつつある か等を把握する必要がある。 また,道徳的習慣については,特に基本的な生活習慣をどの程度身に付け実践でき ているかを把握することになる。 (2) 評価の方法 道徳性を理解し評価するためには,そのための資料を収集する必要がある。その方 法には多様なものがあるが,学校生活における教師と児童の心の触れ合いを通して, 共感的に理解し評価するものでなければならない。その意味で,以下に述べるすべて の方法は,児童にとっては自己評価を促すものであり,教師にとっては児童の道徳性 の理解を深め,適切に評価し,指導を改善していく手掛かりとなるものである。 これらの方法には一長一短があるので,それぞれの特徴を押さえた上で,その都度 適切な方法を生かすように努める必要がある。 ア 観察や会話による方法 児童のあるがままを観察したり,児童との会話の中で得られたものを生かして 記録したりする方法であり,毎日の生活や学習の中で行われる。この方法で大切 なことは,観察の積み上げである。指導のねらいや方法に応じて,あらかじめ観 察の観点を定めるなどして,計画的,継続的に観察を行う方法もある。また,一 緒に活動しながら観察したり,意図的に話しかけたり,授業で意図的に指名をし たりして様子を見るといったことも考えられる。その際,外に表れた言葉や行動 からだけで判断するのではなく,態度や表情の微妙な変化からその背景にある心 の動きをとらえるなど,児童の内面の理解に努めることが大切である。 イ 作文やノートなどの記述による方法 児童の作文や日記などは,児童が日ごろ感じ考えていることを直接に知ること ができる貴重な資料である。しかし,そこに書かれている内容から直ちに道徳的 な評価を下すのではなく,行間に込められた思いを共感的に理解する姿勢が大切 である。 また,道徳の時間をはじめとする各教科等の学習におけるノートなどへの記述 は,その学習のねらいや内容に関する児童の心の動きなどをその内面から理解す るための貴重な資料である。それを工夫すれば,学習の前後における児童の感じ 方や考え方の変化を知ることもでき,児童自身も学習での気付きや自己理解・自 己評価を深めることができる。また,それを相互に交換すれば他者理解や相互理 解を深めていくことができる。 --125/128-- -122- なお,これらの記述に教師が受容的なコメントを加えて返却することは,教師 と児童の心の触れ合いを深め,児童のよりよく生きる意欲を喚起することにもな る。 ウ 質問紙などによる方法 質問紙による方法は,教師があらかじめ作成した質問や児童が直面すると考え られる問題場面での児童の心情,判断やその理由などを回答してもらうことによ って必要な情報を収集するものである。作文やノートなどと同様,道徳性にかか わる児童の自己評価を知る上で有効であるのみならず,児童自身が自己理解を深 めることにも役に立つ。また,指導の前後に行えば,児童の自己評価の変化など を知ることもでき,指導方法を評価し改善するための有益な資料ともなる。 しかし,これらにおける回答の内容は,児童を取り巻く環境や生活の様子,教 師との人間関係などによって大きく左右されがちである。そのことを踏まえ,あ くまで,児童が道徳性に関して自分自身のことをどのように理解し評価している かを共感的に理解するための一資料として扱うべきものである。また,質問紙に よる方法を頻繁に行い,肝心の対応をおろそかにしていると,教師と児童との人 間関係が損なわれることもあることに注意する必要がある。 エ 面接による方法 直接に児童と相対して話し合うことで,児童の道徳的な感じ方,考え方などを 理解しようとする方法であり,場を明確に設定する場合と随時に行う場合が考え られる。この方法で大切なことは,児童の人格を尊重し,誠実に接しながら,児 童自身が自己の内面を語ることができるようにすることである。面接での対話が 深まることによって,児童の話すことの内容や話し方や表情から,児童の内面を より深く理解できるようになる。そのためには,面接の心構えや方法など,カウ ンセリングの在り方についての研修を深めるとともに,日常から児童と心の交流 を通して親密な人間関係を築きあげる努力を重ねることが大切である。 オ その他の方法 これらの他に,具体的な事例を検討する方法もある。この方法では,道徳的な 成長への児童の努力の姿や教師の指導の効果などについて吟味することができ, 児童一人一人がもつ課題の理解と指導に有効である。 また,各種のテストを用いる方法もある。その場合は,その目的や注意事項を よく理解して使用する必要がある。 --126/128-- -123- 3 評価の創意工夫と留意点 児童の道徳性を理解し評価する場合には,以上のことを踏まえて整理するならば, 全体として,次のような点に留意する必要がある。 (1) 児童との心の触れ合いを通して得られる共感的理解を基盤として,児童自身の よりよく生きようとする意欲や努力に目を向けて,道徳性に関する自己理解・自 己評価をその内面から理解していくように努める。 (2) 児童理解の観点を固定的に考えず,児童のよさや個性を積極的に受け止め,多 面的で幅広い視点に立った評価を心掛ける。 (3) 児童一人一人の姿や変化を具体的に記述できるように努力し,個に目を向けた 評価となるようにする。 (4) 自分を表現する得意な面が児童によって違うことなどから,多様な方法を生か しながら評価するように努める。また,可能な場合,複数の人の評価資料を得て 評価できるようにする。 (5) 児童の一時期の様子だけで即断することなく,継続的に観察するなどして,長 期的な視点に立った評価を心掛ける。 (6) 評価の結果を児童の個に応じた指導や学級全体の指導に生かすようにする。特 に指導を要する児童に気付けば,直ちに適切な指導を行わなければならない。ま た,計画を改善し,次の指導で生かすところまでつなげるようにする。 なお,道徳性の理解や評価のための資料の中には,児童の個人の私事に関する内容 が含まれていることも多く,資料の収集の仕方及びその結果や収集した資料について は慎重に扱う必要がある。 道徳の時間における児童の様子に関する評価においても,これらの留意点を踏まえ るとともに,慎重かつ計画的に取り組む必要がある。道徳の時間は,児童の人格その ものに働き掛けるものであるため,その評価は難しい。しかし,可能な限り児童の変 化をとらえ,それらを日常の指導や個別指導に生かしていくように努めなければなら ない。 道徳教育における児童についての評価は,児童自身が自己の生き方について道徳的 価値とのかかわりにおいて自覚を深め,自己のより豊かな心の成長を実感できるよう に,道徳の時間における評価も生かしながら見通しをもって進めていくことが大切で ある。 --127/128-- 小学校学習指導要領解説道徳編作成協力者(五十音順) (職名は平成20年6月末日現在) 赤 堀 博 行 東京都教育委員会主任指導主事 朝 倉 喩美子 東京都練馬区立大泉東小学校長 押 谷 由 夫 昭和女子大学教授 日 下 哲 也 香川県高松市立川添小学校教頭 小 寺 正 一 兵庫教育大学特任教授 齋 藤 眞 弓 茨城県石岡市立府中小学校教諭 堺 正 之 福岡教育大学教授 柴 田 八重子 愛知県知多郡美浜町立野間小学校教諭 島 恒 生 畿央大学教授 服 部 敬 一 大阪府大阪市立苗代小学校教頭 廣 瀬 仁 郎 埼玉県行田市立埼玉小学校長 福 田 富美雄 東京学芸大学教職大学院特任教授 藤 田 美佐子 広島県教育委員会指導第三課長 毛 内 嘉 威 弘前大学教育学部附属小学校主幹教諭 諸 富 祥 彦 明治大学教授 なお,文部科学省においては,次の者が本書の編集に当たった。 橋道和 初等中等教育局教育課程課長 牛尾則文 初等中等教育局視学官 森友浩史 初等中等教育局教育課程課学校教育官(併)道徳教育調査官 永 田 繁 雄 初等中等教育局教育課程課教科調査官 --128/128--